旅に出よう!

そこが知りたい日本の歴史

【日本の年号】起源と解説

こんにちは、ワカマツです。 今回は旅ブログにはあまり関係ない記事になりますが、ご容赦くださいね。 2020年2月1日、ひとつのメールが届きました。 その内容として、「日本の元号はいつごろからはじまったのですか、また、誰がどうやってきめていたのですか」という質問でした。 この質問は、この「旅ブログ」空にきたわけではなく、もうひとつのワカマツblogの方に寄せられた質問でした。 歴史を中心としたブログ […]

【古代吉備王国】謎の巨大前方後円墳

こんにちは、ワカマツです。 豊かな土地には早くから文明が栄えるといいます。事実、岡山市から西方、総社市にかけては、通称「吉備王国」と呼ばれる王権が存在したといわれています。 それは「吉備風土記の丘」に今も巨大な姿を横たえる「造山古墳」や「作山古墳」、そして飛鳥の石舞台古墳に劣らぬ石組を残す「こうもり塚」、箭田(やた)大塚古墳、牟佐大塚などの石室からも窺い知れます。 5世紀から6世紀にかけて、この吉 […]

【古代出雲朝廷の原像】国譲りの謎

こんにちは、ワカマツです。 前記事で「出雲大社(いずものおおやしろ)」のことについて記していきましたが、正直、足りない部分が多々ありました。 その中でも肝心な「国譲り」について今回はぐぃっと掘り下げていきます。興味のある方はお付き合いください。 ■日本国以前の政治地図 4世紀といえば、中国の史書から「邪馬台国」の記録が消滅した266年、卑弥呼の後継者、台与(とよ)が西晋に朝貢した以降の、いわば「ポ […]

出雲大社造営の謎と古代出雲朝廷

こんにちは、ワカマツです。 日本有数のパワースポット、「出雲大社」はなぜ造営されたのか、いろいろな説がありますが、古代日本にはいくつかの大和王朝とは別に古代王国があったと推定できます。 その中でもよく言われているのが、軍事王朝と言われた「吉備王朝」、そして宗教王国「出雲王朝」、この二つの巨大王朝がどのように大和政権と結びついて行ったのかを記していきます。 今回は「出雲王朝」について詳しく記していき […]

【ハレー彗星】次回はいつだ、1910年の大接近!

🔶ハレー彗星に抱くロマン こんにちは、ワカマツです。 トップページに記させていただいた、「歴史カテゴリー」の追加、その第一弾として取り上げたのが「ハレー彗星」の記事です。 “できたらもう一度見たい”という気持ちも込めて、また無駄な長生きを目論んでいる意味でも、取り上げたいテーマでした。 1986年に見たハレー彗星は、ただの星にしか見えませんでした。できること […]