【はるかなる空】人生の証1

【はるかなる空】人生の証1

こんにちは、ワカマツです。

旅を続ける中でいつも思うことが、幼いころからの自分の原像を追い求めていること。正直これは何なのか、自分でもわかりません。

例えば詩を書いたり、小説を書いたりして、自分の想いを表現しようと思うのですが、確固たる思いを素直に表現できない自分が目の前にいます。

多分、この答えは、自分がこの世を去る時にわかるのではと考えています。なぜならば、人生の終着点「死」、この日を迎えた時、生きてきた自分のすべての想いが、フラッシュバックのようによみがえり、追い求めてきた何かが必ず最後に現れると信じているからです。

去年から体調を崩し、旅もあまりできなくなり、病院で過ごす日々が多くなりました。病室の窓から見る景色はいつも同じで、遥か遠くにつながる青い空を見つめながら、何かを追い求めている自分がここにいます。

また、このブログも更新できずに、見てくださるみなさんをがっかりさせていると感じています。

たいしたブログではありませんが、見てくださる方が一人でもいる限り、このブログを更新していくつもりです。

まだ、旅は終わったわけではありません。命ある限り人生の記録詩として、多彩な表現を作り出し、一人でも多くの方に見ていただければと願っています。

今から書く記述は、私の人生のひとコマです。「旅ブログ」にふさわしくないかもしれませんが、私が旅をするようになったきっかけをひとつの物語として表現していきます。

私を知っているすべての方に、この物語を贈ります。

興味のある方は最後までお付き合いください。

はるかなる空

 

序章、『決心』

2018年7月27日、夏には珍しく空気が澄み切った日であった。遠くに見える水平線の上に薄い陸の影が微かに浮かび、真夏の暑い日差しが青い海に反射して、見る人の目を拒むかのように輝いている。

色も形もそして暖かな風に乗ってくる匂いさえも、あの時と同じような気がした。

35年前の今日、ここから見た景色に自分の存在を感じ、天界の接点を探すかのように、遥か遠い空の向こうを見つめて、まるで目に映るすべての景色に鍵を掛けるように、心の中に刻み込んでいく自分がいた。

Promise Land(約束の地)、健一はいつしかそう心の中で言い聞かせていた。

この街で過ごした、人生のうちのたった4年の月日が、健一のすべての色を塗り替えて、この地に来る前の人生と、この地を去ってからの人生をつなぎ止めておくかのように、今見る景色はなにも変わらぬままであった。

彼女は今から5年前の秋に、癌でこの世の人生を終えた。生涯独身を通して誰とも結ばれなかったと聞く。

健一がその事実を知ったのは、学生時代からの親友である猪原翔太からの一本の電話であり、その責任が自分にあると気付かされた日でもあった。

猪原翔太は会話の最後に伝えてくれた。

「彼女の大学ノートのひとつを遺品として、うちの嫁さんが受け取ってきた。その最後のページにお前に対してのメッセージが書かれてある。伝えるべきか迷ったが、これが本当のカナの気持ちかもしれないと思うと、俺も涙が出てくる。」

そして、彼は健一にそのメッセージを淡々と伝えた。

「けんちゃん、あれからもう25年も経つんだね。元気にしてるかな。最後に一度だけでもいいから逢いたかった。でもいいの、私が死んだらいつでもけんちゃんのところへ飛んでいけるから。

だから私、”さよなら”いわないよ。けんちゃんもあの日そういってたもんね。ありがとう、けんちゃん。

私が本当に愛した一人の人、結城健一へ。」

携帯電話の持つ手が大きく震えて、止めようもなく涙がこぼれ落ちた。そして、無力な自分を恥じるかのように、右手で自分の太もも激しく叩いた。

その短い文章が彼女と別れてから30年の月日を超越するかのように、感じてならなかった。

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高校時代からの親友であった猪原翔太、彼も2年前に癌に侵されてこの世を去った。気が付いた時はすでに体の至る所に転移があり、手が付けられなかったと聞いた。

彼が亡くなる5日前に意識があるうちにと思い病院を訪れた。

この日は少し体調も良く、抗がん剤の副作用で起きる言語障害もあまり出ない日であった。

自分の死期が近づいているのが分かっているのだろう。

健一と過ごした学生時代の思い出を1時間以上も語り続けて、そして最後に彼はこう言った。

「ゆう、お前に最後の頼みがある。」

そう言って病に侵されて、少し動くことさえも痛みを感じる身体を起こして、言葉を発した。

「俺たちの過ごした、あのすばらしい時代のことを何でもいいから書いてくれないか。小説・詩、何でもいい。お前と生きて過ごせた、そしてすばらしい仲間と分かち合えたあの時代の記録を残してほしい。

ゆう、お前だったら書けるだろう、・・・・・俺からの最後の頼みだ。」

そう言いながら彼は涙を落した。

そして彼は最後にもう一度、健一に向かってこう言った。

「俺が向こうにいったらカナには言っておくからな。ゆうをまだ迎えにいくな、あいつはまだ向こうでやることがある、それが終わるまでこっちで静かに見守ってやってくれとな」

彼はそう言いながら、涙目に少しほほえみを浮かべながら、またベットに横になった。

健一は生涯を通して初めて見る猪原翔太の涙に、底知れぬ悲痛の心の叫びを感じ、自分の唇を強く噛み締めた。

「いのさん、・・・・・わかった、約束する。必ず書く、どんなことがあっても・・・・・」

彼は健一の言葉を聞いて、ほほえみながら軽くうなずいた。

それから5日後の午前1時37分、彼は49歳でこの世の旅を終えて、新たな旅へと出発した。

最期を看取った奥さんからすぐに健一の携帯電話に一報が入った。

その時、健一は大分に向かって車を走らせていた。

カナの死を聞かされた日と同じように、涙がこぼれ落ち、ハンドルを握る手が大きく震えた。

健一は思った。こんな悲しい思いを何度もするぐらいなら、俺が一番最初に死ねばよかった。

そう思わずにはいられなかった。

あれから2年、この十文字(別府市十文字原展望台)から見る景色の中で、健一はひとつの物語を書くことを決めた。

この決断をするのに2年もの月日を費やした。確かに仕事の忙しさもあった。しかし、なによりも決断を鈍らせたのは、思い出すと胸が苦しくなり、書くことさえもできない自分の心の弱さがそこにあった。

思い出を思い出として、自分の心の中に閉じ込めて置くことができずに、ただ、悲しみの中でフラッシュバックのようによみがえる過去の記憶と闘い続けてきた。

カナと別れてからも年に一回必ず訪れていた十文字の地。この日も迷いの中でここを訪れていた。

突然、誰もいないはずの健一の背後から誰かがやさしく肩を押した。

その時、健一は分かった。

「カナだ、カナの手だ、・・・・・もう俺にはそんなに時間がない」

健一はそう思った時、今まで閉ざされていた重い扉が、自動ドアのように開き始めて、あの小学校の修学旅行の時に見た情景が頭の中によみがえった。

「書く、いや、書ける、書かないと・・・・・いのさん、カナ、わかったよ、約束は必ず守る。」

この場所にくるといつもいのさんとカナがそばにいる。声も聞こえてくる。健一はそう感じてならなかった。

だからこそ、今から書く物語を書き上げるまでは、この場所に来ないと決心した。

そして、はるか彼方の青いそらの向こうにいる自分の姿を追いかけながら、左手に持っていた自分の書いた詩集を握りしめ、眼下に広がる見なれた別府の街並みに向かって健一はつぶやいた。

「カナ、俺も”さよなら”は言わない、きっとまた会える、それまでしばらくお別れだ、今度逢う時は本当にもう離さない、カナ・・・・ありがとう。」

 

※続きは不定期で載せていきます。

今日は最後までお読みいただきありがとうございました。(SORA2018  ワカマツ)

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