【門司港駅復元】港町門司港の夜景

【門司港駅復元】港町門司港の夜景

こんにちは、ワカマツです。

2019年3月10日、ついに「門司港駅」の復元が完了しグランドオープンを迎えました。門司港レトロや焼きカレーを食べに行くたびに何度となく工事の様子を見ていましたが、開業当時の駅舎を復元するということで、工事期間も長くなり、まだまだかと待ちわびていました。

月日が経つにつれて、徐々にその姿が現れ始めて、”これは日本でも有数の素晴らしい駅舎になるな”と思っていました。今回はその全貌をお伝えしていきます。

◆門司港駅復元!

■初代門司港駅の歴史

このブログでもお伝えしている「門司港レトロ」、その中で少しですが門司港のことを書いてますが、日本の物流近代化の先駆けとして、明治22年(1889年)港町として開港しました。

同年11月に門司港が国の特別輸出港(米・麦・麦粉・石炭・硫黄に限定した輸出港)に指定されて以降、金融機関や商社・海運会社の支店が相次いで進出し、外国航路の拠点および貿易港として発展してきました。

また、北九州の工業力と結びついて大陸貿易の基地となり、最盛期には、1ヶ月に200隻近い外航客船が入港し、国内航路を含めて年間600万人近い乗降客がいたとききます。

街には商社やビルディングが建ち並び、盛り場には、洋行客相手の店も多く、門司港の街を華やかに盛り上げていたそうです。

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門司港駅」のはじまりは、九州鉄道の起点、「門司駅」として明治24年(1891年)4月1日に開設されました。初代の駅舎が建てられたのは現在の門司港駅舎がある地点から東側、今の北九州銀行門司支店の裏手あたりでした。

明治34年(1901)5月27日には関門連絡船の運航が開始され、本州の鉄道と結ばれて多くの旅客と貨物がこの駅を経由することになりました。

まもなく、明治44年(1911)10月から下関と門司の小森江(今の門司港駅と門司駅の中間)間で貨車の車両航送が開始されて、貨車は直接連絡船に載せて本州と九州の間でやり取りされるようになり、門司港駅を経由するのは旅客が中心となりました。

大正3年(1914)、復元する前の駅舎である2代目の駅舎が現地点に完成し、移転して開業しました。その後は九州の始発終着駅として日本でも有名になり、九州の鉄道起点として発展していきます。

しかし、昭和17年(1942)に関門鉄道トンネルが開通し、「門司駅」と称していた名前は、関門鉄道トンネルの開通によって接続する当時の「大里(だいり)駅」を使うことになり、この駅の名前を「門司駅」とし、従来の門司駅を改名して「門司港駅」と称し現在に至っています。

それまでは、門司の埠頭にある貨物輸送用の駅が「門司港駅」(もじみなとえき)と称しており、これに合わせて貨物駅は「門司埠頭駅」と改名されました。

昭和20年(1945)3月5日、第二次世界大戦時には米軍の空襲を受け、駅構内で3名の死亡者を出す事件も起きています。門司港駅復元時には、この時の機銃や爆撃の痕跡が発見され話題となりました。

門司港駅が輸送の流れから外れたのちも、門司鉄道管理局や国鉄九州総局などは門司港駅のそばに置かれ、国鉄分割民営化後もJR九州は異例の福岡と北九州の2本社体制を維持して、門司港駅の横に北九州本社が引き続き置かれていました。

しかし、福岡本社への統合に伴い平成12年(2000)に北九州本社は閉鎖されました。この建物は「旧三井物産門司支店」として現存しており、門司港レトロの象徴的建物のひとつとして多くの観光客を魅了しています。

さて、工事は2012年から始まりました。開業当初への復元と耐震工事を行うために一度仮駅舎に移行しましたが、2019年3月復元が完了しグランドオープンを迎えました。

旧駅舎が国の重要文化財に指定されたのは、昭和63年(1988)ですが、全国で初めて駅舎としては指定されており、大いに話題を呼びました。

ただ、指定されたことで多くの観光客が集まったかといえば、そうではなく、鳴かず飛ばずの観光名所でした。この当時はもちろん「門司港レトロ」という観光地も存在せず、古い倉庫群が立ち並ぶ物流埠頭でしかありませんでした。

私もその当時の情景はおぼろげに覚えていますが、釣り人にとっては格好の場所であり、多くの釣りファンが集まり楽しんでいたことを記億しています。また、古い建物も半放置状態で、その頃は古くて暗く汚いというイメージがあった事は確かです。

そういう中で古い建物を有効利用して観光地化できないものかと考えて生まれたのが「門司港レトロ」でした。平成7年(1995)3月にグランドオープンし、それと同時に門司港駅も再び脚光を浴びるようになったわけです。

門司港レトロが開業したおかげで門司港駅も、「大正ルネッサンス」の面影をしのばせる建物として有名になり、近隣の放置されていた大正から昭和の初めに立てられた様式の建物もお色直しをして、今に至っています。

現在、門司港レトロには年間200万人以上の観光客が集まり、一日中楽しめる観光地として毎年のように集客数も増えているとのことです。

また、「焼きカレー」も門司港レトロの定番メニューとして定着し、門司港区内で多くの店が独自の焼きカレーを発案し、観光客の舌を楽しませています。

旧駅舎は先にも記したように大正3年(1914)1月に建築され、木造2階建てのもので、「ネオ・ルネッサンス」様式と呼ばれる左右対称の外観デザインが特徴です。

ただ開業100年近くが経過し、シロアリ被害や老朽化による腐食でゆがみや亀裂が生じていることが分かったため、国・福岡県・北九州市・JR九州が話し合い、2019年9月から本格的な保存工事を開始しました。

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■復元された「大正ルネッサンス」、古新の情景「門司港駅」

一言でいって“すばらしい!”につきますね。一見旧駅舎と変わらないのでは、と思わせるほどの情景です。また、近づいていくと、繊細に復元された建物の造りが分かり、外壁に施された塗装の配合や、窓の淵に至るまで古さを感じさせる復元が施されています。

駅舎の中に入るとすぐ左側に「緑の窓口(旧一等・二等待合室)」があります。ここの造りがすごい!    内装はもちろんのこと、天井に至るまで当時の高級感を醸し出しており、対応する駅員さんの服装も当時をしのばせる服装で接してくれます。

今では死語になった「ハイカラ」という言葉がよみがえってきます。現代によみがえる「大正ロマン」という言葉がピッタシですね。

そして、入り口を入り右側には「スターバックスコーヒー門司港駅店(旧三等待合室)」があります。正直、これは驚きでした。ここにスタバをもってくるとは思いませんでした。

エントランスホール内には旧切符売り場も復元されており、その奥に現代の自動券売機が設置されていました。当初はこの自動券売機の設置をすることに反対意見も出たそうですが、景観を壊さずに最小限の形で設置することになったそうです。

ホールを出るといつものように始発駅らしいプラットフォームが姿を現しますが、その前に当時の改札口も復元されています。

また、改札口を抜けると「旅立ちの鐘/幸福の泉」そして始発駅を表す0哩を表す石碑も建てられています。

駅舎の横には創建当初からある「幸運の手水鉢」や「帰り水」と称した水道がそのまま残されており、当時の面影を忍ばせています。

2階には一度は絶えた「みかど食堂」も復活しています。大正3年、門司港駅の開業と同時に駅舎の2階で営業を開始した「みかど食堂」は、当時、山陽鉄道の急行列車内で食堂車を運営していたみかど株式会社が全国の主要駅に設けた駅構内の高級洋食店でした。しかし関門トンネルの開通に伴い、次第にお客さんの足も少なくなり、昭和56年閉店しました。

名物のカレーはソースポットで提供され、テーブルにはフィンガーボール、内装もシャンデリアが吊るされるなど豪華で贅沢な空間だったそうです。そして、今回の復元とともに「みかど食堂 by NARISAWA」として復活し、連日多くのお客さんで賑わっています。

「門司港駅」復元にあたって、夜の照明も新しくなりました。向かって左側のビルから間接的に照明を当てることで、中央の建屋を青白く浮かび上がらせており、決して派手さはないものの、落ち着きのある堂々とした駅舎を醸し出しています。

今回は駅前広場の名物噴水も写真に収めようと1時間ぐらいは待機していましたが、残念ながら願いはかないませんでした。

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■門司港レトロ夜景と焼きカレー

さて、復元された門司港駅を後にして、今回も定番である「焼きカレー」を食べに行きました。前回の「門司港レトロ」のブログでは「門司港駅の横にある「プリンセス・ピピ」を紹介しましたが、今回は門司港駅から門司港ホテル方面に歩いて2~3分に位置する「王様のたまご」を訪ねて見ました。

メニューは「焼きカレー」と「オムライス」中心で、キッズメニューもあり、お子様連れでも安心して食事ができるお店です。店内はあまり広くはありません。約20席ぐらいですが、テラス席もありこちらも20席ぐらいはあると思います。

テラス席は関門海峡に面しており、風光明媚な景色や夜景を見ながら食事ができます。残念ながら今回はテラス席は使えませんでしたが、一度関門海峡の夜景でも見ながら食事をしてみたいという気分にさせてくれます。

さて、注文したのは「王様の焼きカレー」880円と「シーフード焼きカレー」1150円です。

これが「王様の焼きカレー」ですね。

次に「シーフード焼きカレー」です。ともどもこんがり焼かれていて、激アツです。食べ始めはかなり注意が必要で、「猫舌」の方は大変ですね。福岡県産のたまごを使用しており、スパイス的な辛さはさほどなく、たまごのまろやかさが広がりとても食べやすい味に仕上がっていました。

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ただ、いいことばかりは書きません。シーフードはエビがメインになっていますが、具材は思ったよりも多くはなく、味もきわだってシーフード的な味もしないので、ノーマルな焼きカレーに近く、少し残念な気がしました。

ご飯とカレーはよく味が浸透しており、まろやかさでいえば門司港の焼きカレーの中でも代表格であり、通常の焼きカレーでもお子様が十分に味わえる食感を備えています。

店員さんの接客も丁寧で、対応も早く、困ることは有りませんでした。また、門司港の事を質問しても知っている限りの答えを出して対応していただいたので満足のいく食事が楽しめたと思います。次回も訪れて、オムライスを食べてみたいという気分ですね。

さて、おいしい焼きカレーを堪能した後は、王様のたまごの裏側に広がる埠頭へと足を延ばしてみました。この埠頭は海上保安庁の船舶や、ダグボートの停泊地になっており、釣りを楽しむ人が多くいました。聞くところによると、今はイカがよく釣れており、この日もイカがあげられていました。

ここの埠頭には、門司港レトロとは別の、昔ながらの港町としての門司港が存在し、夕闇が迫る中で行き交う定期船の汽笛が海峡に響き渡っています。

この埠頭からは、関門橋や対岸の下関の夜景も一望でき、夜が更けるとともに広がる海峡の夜景が、心を和ませてくれます。

門司港レトロ地区は夜8時まで営業しています。埠頭から恋人の聖地でも有名になっている「ブルーウイング」へと歩いて行き、門司港ホテルの横を過ぎて「海峡プラザ」へと向かいました。

この時期の門司港レトロ地区のイルミネーションは、クリスマスイベントのような派手さはありませんが、肌寒さはありますが、散歩するのには心地の良い明かりが灯っています。

海峡プラザ前に設置してある「バナナマン」も明かりに照らされていて、夜の門司港レトロの名所のひとつですね。また、閉店前でも観光客は意外に多く、みなさん柔らかく照らされるイルミネーションの中を楽しそうに散歩していました。

近隣にあるレトロな建物にも照明が入り、レトロ感を一層引き立ててくれます。特に門司港駅周辺には旧三井クラブや旧大阪商船跡の建物があるので散歩がてら散策してみるのもいいかもしれません。

門司港レトロを離れる前にもう一度「門司港駅」を訪ねて見ました。噴水は上がっておらず、残念でしたが、駅の敷地内でストリートジャズが開催されており、30分ぐらい演奏に聞き入っていました。

前回来訪した時も、展望室でジャズの演奏をやっていたり、この日もこのイベントとは別に、海峡プラザ前でフォークのグループも演奏していました。こういった小さなイベントは毎日不定期に行われているみたいで、門司港付近を訪れる際は、是非、探してみてください。

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■門司港駅復元、まとめ

復元された「門司港駅」を中心として、門司港レトロ地区の完成度がさらに高まった気がします。日中の観光も見どころが沢山ありますが、夜の門司港もとても素敵だと感じました。

定番として食文化でもある焼きカレーも充実していて、各お店が志向を凝らした味を提供してくれています。前回のブログにも書いたように、海峡を挟んで下関と門司港がタッグを組み、海峡観光に力を入れています。

最後に門司和布刈公園展望台を訪れて「愛の架け橋」として名のついた関門橋を中心に広がる海峡夜景を堪能しました。けして派手なイルミネーションや夜景ではありませんが、きっと心が和むはずです。

今日は最後までお読みくださりありがとうございます。(SORA2018事務局)

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