【日南海岸】南国宮崎の古代ロマン漂うロードパーク(後編)

【日南海岸】南国宮崎の古代ロマン漂うロードパーク(後編)

こんにちは、ワカマツです。
前回に引き続き「日南ロードパーク」後編を記していきます。この「日南ロードパーク」という名称、正直、何年前から使われだしたかはわかりませんが、グーグルで検索をかけてもすぐに出てくるので、ネット検索が頻繁に始まりだした時期にはすでに存在した名称なのかもしれませんね。

ただ、私の記憶の中には「日南フェニックスロード」という名称の記憶があります。これは当時、宮崎市内から最南端の都井岬までの、風光明媚な海岸線ルートを指して観光化を目的につけられていたはずです。

しかし、今ではその看板すら見当たらないし、標語すらも見当たらない。やはり時代の流れなのか、この海岸線で最も有名だった「サボテン公園」すら無くなっていることも気づかなかった。今回も含めて、ここ10年間で3度ここを通っている。実に情けない。

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🔶日南海岸ロードパーク後編

■日南市からの観光

●サンシャイン茶屋

さて、イルカ峠を過ぎ、さらに車は南下して行きます。相変わらず風光明媚な海岸線を走り続けると伊比井駅が右手にあのます。それを過ぎて約500メーターぐらい行くと、左手に昔からある「サンシャイン茶屋」というドライブインがあります。

今までに2度ほどお世話になっていますが、ここの「チキン南蛮定食」がとてもおいしいですね。なんでもありの一般的な食堂ですが、特にいいのはオーシャンビューであること、日南海岸を見ながらこの旨いチキン南蛮を食べると格別です。

また、海鮮丼も人気があります。ここの海鮮丼はボリームがあり新鮮です。値段は少し高いのでめったに食べませんが、口コミでも評判になり、近頃ではわざわざ食べに来るお客さんも増えたそうです。

お店の方の対応も非常に丁寧でやさしく、気分よく食事ができるいいお店ですよ。

やはり、道の駅などで食事を採るよりも、この海岸線にはおいしいお店が沢山あります。是非情報をもとに訪ねた際は寄られてほしいですね。

サンシャイン茶屋を過ぎて500~600メーターぐらい車を走らせると国道220号線は長いトンネルに差し掛かかります。その手前にまた旧道へ下りる道があり、そこを入って行くと富士海水浴場方面に行く道です。

この道路が「日南ロードパーク」になります。国道を行くと約1キロぐらいのトンネルをくぐりますが、旧道へ行くと海水浴場を過ぎて、海岸線を見ながらドライブすることができるので絶対にオススメです。

■サンメッセ日南

そこからさらに南下すること1キロぐらい、あのモアイで有名な「サンメッセ日南」が右手に見えてきます。確かここがサボテン公園だった気がするのだが・・・・・。

このサンメッセ日南は1996年にオープンしています。今から22年前。しかし、なぜここにモアイが立っているのか、少し調べてみました。

きっかけは1991年に倒壊したイースター島のモアイ像をテレビで放映したのがきっかけみたいですね。謀会社の社員が「モアイを復元しよう」と呼びかけて、奉仕活動の一環としてモアイの修復に乗り出したそうです。

復元されたモアイ像は世界文化遺産になり、イースター島の長老会が、モアイ修復チームに、日本での復刻建設を許可したとのことです。

イースター島を偲ばせる雰囲気のある場所にたててこそ、完全復刻となるということで、もっともふさわしい場所が、「サンメッセ日南」ということになったみたいですね。

サンメッセ日南にある7体モアイ像は、アフ・アキビの完全復刻版です。

どうもこのモアイ像にはいろいろなジンクスがあるみたいで、現状パワースポット化しているようだ。例えば仕事運健康運恋愛運旅行運結婚運金運学力運など、一体ずつ違う運気パワーを持ち合わせているらしいです。

イースター島公認の完全復刻版であるモアイ像を見ないわけにはいきません。しかもそう簡単にはイースター島へは行けないので、是非見ていただきたいと思います。そしてモアイから運気パワーをもらいましょう。

「サンメッセ日南」からの眺めも最高ですよ。特にモアイ像の先に移る太平洋の海原は絶景であり、また少しですがイースター島にいる気分になれるかもしれません。入場料取られますが・・・・・。

  • 一般:大人700円、中学生500円、小人(小学生~4才) 350円
  • 団体割引:大人600円、中・高生450円、小人(小学生~4才) 300円
  • 住所 宮崎県日南市大字宮浦2650
  • 電話 0987-29-1900
  • 9:30~17:00 定休日:第1・3水曜日(8月・祝日は除く)
  • 220台(無料)
  • サンメッセ日南公式サイト

余談ですが、上記にも書いたようにここには昔、サボテン園が存在していました。今は跡形もありませんが、当時は山際にひしめきあうようにサボテンが植えられていました。調べてみると30万本以上あったらしいです。

やはり昭和の時代は新婚旅行のメッカだった所です。温暖な地ならはの景観であったと思います。サボテンと太平洋の風景はよく似合っていた。多分、私みたいになつかしい方もいるだろうと思います。





■鵜戸神宮

サンメッセ日南から走ること300~400メーター行ったところにまた旧道に入る交差点があります。鵜戸神宮方面の看板が出ているのでわかりやすい。そこを左折し海岸沿いを走り、小さなトンネルを抜けて信号を左折すると鵜戸神宮の駐車場に入って行きます。

駐車場から続く急な石段を登り詰め、ダラダラと続く長い石段を下りると、真っ青な日南の海が視界に飛び込んできます。

大きな楼門を潜って、断崖の上の道を行くと、海に突き出た岬の先端に鵜戸神宮本殿の鎮座する海蝕洞窟が、ポッカリと大きな口を開けています。

鵜戸神宮の祭神は、神武天皇の父、草葺不合尊(うがやふきあえずのみこと)です。草葺不合尊には、前回記したように山幸彦神話の後半部が伝わってきます。

海神国(わだつみのくに)で海神(わたのかみ)の娘、豊玉姫(とよたまひめ)と結婚した彦火火出見尊(ひこほほでみ)は、豊玉姫と共に日向国へ帰った。やがてすでに妊娠していた姫は草葺不合尊を生む。

そのお産の時姫は、『古事記』によれば、「およそ他(あだ)し国の人は、産む時になりては、本つ国の形になりて生むなり。かれ、妾も今、本の身になりて産まむとす。願はくば妾をな見たまいそ」と、彦火火出見尊と固い約束をして、鵜の羽を葺草(かや)にした産殿(うぶや)へ入った。

ところが彦火火出見尊は約束にそむいて、姫が八尋鰐の姿になって出産しているところを見てしまった。そのことを知った姫は生んだ子を残して海神国へ帰ってしまった。

その産殿の後に建てられたのが、今日に見る海蝕洞窟の中の本殿です。面積約1000平方メートルの洞窟の天井には、不思議な紋様を描く乳房状の岩が見えます。

乳水と呼ばれる清水が、絶え間なくその岩から落ちています。母のいなくなった草葺不合尊は、その清水を母乳かわりにして育てられたという伝説ですね。

この鵜戸神宮は第十代崇神天皇によって再建されたと伝えられているが、少しつじつまが合わない。その辺の模索はさておいて、宮崎地方では、結婚をすると間もなく新婚の夫婦がそろって、この神宮にお参りをする習わしがありました。

青島からこの鵜戸神宮までは、俗に「七浦七峠」といわれるように、山越えの難所の多い道であった見たいです。花嫁は赤い毛耗を敷いた馬に乗り、花婿がその手綱を引いての道中であった。

これは神に結婚を報告するということから出たみたいですが、一種の新婚旅行を兼ねた行事であったように思えます。現在ではさすがにその風習は残っていないみたいですが、現在では、宮崎神宮の神武大祭(10月)に催し物として登場するだけとなっています。

宮崎に来るとお土産の中に「シャンシャン馬」を見かけると思います。それがこの風習の元となっていますね。そして、宮崎の民謡としても「シャンシャン馬の唄」として今に唄いつがれています。

■城下町飫肥の街並み

神話に彩られた鵜戸神宮から海岸線の美しい国道に出て、江戸時代の城下町の面影が色濃ゆく残っている飫肥の町へ向いました。

国道220号線を来て、油津の大きな交差点を右折します。ここで「日南ロードパーク」とお別れですね。左折するとそのまま国道220号、右折は国道222号に変わります。

その国道222号線を走っていくと酒谷川という清流に架かる橋があります。その橋を渡ると、飫肥の旧町並み保存地区に入って行きます。白の漆喰の壁に本格子の付いた商屋が立ち並んでいますが、その建物はいずれも新しく古くからある建屋ではないみたいですね。

旧商人町の中央に「飫肥城入口」の案内板があります。この案内板に従って右折すると、そこからは、いかにも歴史の古さを感じさせる苔むした石垣や土塀につつまれた武家屋敷街を見ることができます。そこを抜けていくと「大手門」の信号が出てきます。

その信号を直進するとすぐ左手に駐車場があり、そこに車を止めて歩いて飫肥城跡に向かいます。駐車場を出て左に行くとどっしりと構えた飫肥城大手門が見えます。

大手門をくぐると枡形と呼ばれる小さな広場があり、枡形の前面には苔むした石垣が横たわり、その石垣の横にある広い石段を上がると、昭和53年に開館した、書院造り風の「飫肥城歴史資料館」があります。

歴史資料館には伊藤家代々に伝わった鎧兜や刀剣、書画などおよそ150点余りが展示されています。駆け足で展示館を見て回って資料館のすぐ横の高台に見える、松尾ノ丸を訪ねました。

この建物はすべて飫肥杉を使用し、時代考証に慎重な検討を加え、江戸時代の藩主私邸を復元したものといいます。質素な造りの中にも優雅な気品ある御殿ですね。本丸跡は小学校のグランドになっているようで跡形もありませんでした。非常に残念ですね。

飫肥城は天正15年(1587)、伊藤祐兵(いとうすけたけ)が豊臣秀吉の九州征伐の軍に従った功により与えられて以来、明治4年(1871)廃藩置県が断行されるまでの280年余り、伊東氏五万一千石の居城でした。

飫肥の町は伊藤氏によって基盤が作られました。特産品として木材市場に名高い飫肥杉も伊東氏の植林政策によって始まり、今日に受け継がれているのです。

🔶日南海岸まとめ

この国道220号線を行くと都城市に至り、そこから国道10号線に乗って錦江湾へと向かうルートです。薩摩へ向かう古くからの街道でもありました。また、油津が国道220号線を南郷町まで行き、そこから国道448号線に切り替えて都井岬までのルートが、「日南ロードパーク」です。

昔でいえば「日南フェニックスゴールデンルート」と呼ばれるところです。都井岬については、また新たに別記事で出す予定です。この「日南ロードパーク」は南国宮崎を象徴する場所です。ここを見らずして九州に来たとは言えないぐらい、素晴らしい景観が広がっています。

山は「阿蘇」、海は「日南」と昔から言われるほどのものがあります。是非、見ていただきたい場所のひとつであります。

今日は最後までお読みいただきありがとうございました。

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