日南海岸ロードパーク観光、南国宮崎の旅

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「真冬にこんな記事書いて大丈夫、バカじゃない」と思われそうですが、これはあえて2019年の夏を見越しての記事であります。2018年の3月に訪れた日南海岸は、すべて中途半端に終わっていいます。

観光が目的ではなかったので仕方ないとは思っていますが、この時、少しだけ歴史関連のことを調べました。記事も中途半端で半年ほど放置していましたが、この度、性根を入れてまとめてみました。

今年は再度、この宮崎市街地から、宮崎の最南端都井岬までのゴールデンルートを旅し、記事にしていくつもりです。その前に前哨戦ともいうべき記事を、歴史と絡み合わせながら書いていきますね。

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亜熱帯植物が自生する「青島」

国道220号線を宮崎市街から15分ほど南へ走り加江田川を渡ると、国道と県道の分岐がある。ここからが本格的な「日南ロードパーク」のはじまりです。

その分岐点を左に降りてゆき県道377号線に入っていきます。この道路は旧220号線ですね。この分岐点から今は青島バイパスが通っていて、堀切峠まで一気に行けるようになっています。

ただ、情緒があるのはやはり旧道の方だと思います。分岐してから青島市街地までは5分ほどで入って行き、市街地が近づくと、ハイカラな観光ホテルが立ち並び、いかにも南国宮崎を象徴するかのようにピロー樹の並木が出迎えてくれます。
青島」は、海幸彦山幸彦の神話や亜熱帯植物の自生する島です。そして、「鬼の洗濯岩」と呼ばれる波状岩で知られた島です。

駐車場に車を止めて徒歩で青島を目指すと、道の両側には海産物のお土産を揃えたお店が軒を並べる。その細い道をしばらく進むと白砂青松の美しい砂浜に出ていきます。

砂浜から青島へは、干潮の時なら「鬼の洗濯岩」の上を歩いて渡れるということであったが、私が来たときは残念ながら海中に没していました。

弥生橋を渡り青島に入ると、そこには、何十列にも連なった魚の鱗を連想させる、奇妙な紋様をみせる大きな波状岩が現れます。

この波状岩は、地球創成期の第三紀にあたるころ、海中で形成された水成岩が隆起し、太古以来の長い年月、波の浸食を受け続けてきたために、出来上がった自然の造形美です。

岩の上に乗ってみました。波に濡れた岩は滑るのではと、思い恐る恐る乗ってゆっくり歩いてみると、意外にザラザラとしていて歩きやすかったですね。

また、岩は硬く頑丈で、これならいかに力の強い鬼が、洗濯板代わりに使っても崩れることはないだろう、と思わせるほどにどっしりとしていました。

しばし、岩の感触と奇妙な紋様の美しさを楽しんだ後は、青島をぐるりと回っている遊歩道を歩きました。一周約1.5キロほどですね。

青島神社と陰刻された、人の背の高さほどの石柱が立っています。そこから西回りに遊歩道を進むと、朱塗りの大鳥居が立っています。島の中央に鎮座する青島神社の一の鳥居です。

青島神社はうっそうと茂る、ピロー樹の森の中に埋もれるようにひっそりと鎮座しています。この青島全体でピロー樹は約3000本あり、約220種類の亜熱帯植物が自生しているといわれています。

青島神社に祀られている神は、神武天皇の祖父にあたる、彦火火出見命(ひこほほでみのみこと)と、祖母にあたる豊玉姫命(とよたまひめのみこと)です。よく温泉神社に祀られている神ですね。

やはり縁結び、安産の神です。だから昭和のハネムーンラッシュの時期は、この青島神社に参拝して祈願することがステータスになっていたみたいです。あともう一人、海神の塩土大神(しおつちのおおかみ)を含めて三柱です。

主神の彦火火出見命と豊玉姫命はロマンがあります。彦火火出見命即ち山幸彦は、ある日、兄の海幸彦にお互いの猟具を取り替え、兄は山へ自分は海に出て猟をすることを提案した。

その提案を受け入れた兄は、大事な釣り竿と釣り針を弟に渡した。喜んだ山幸彦は勇んで海に釣りに出かけたが、どうしたわけか一匹も魚が釣れない。その上にあろうことか、兄の大事にしている釣り針を失くしてしまった。

そこで山幸彦は、自分の一番大事にしている剣を釣り針に変えて誤ったが、兄はどうしても元の釣り針でなければと許してくれない。

困り果てた山幸彦が泣いていると、海水の神霊シオッチが現れ、海神国(わたつみのくに)へ行くことを奨めた。

山幸彦は教えられた通り、海神国へ行き、海神(わたつみ)に会った。すると海神は山幸彦を一目見るなり「この人は、天つ日高の御子なり」と言って、娘の豊玉姫と結婚させてしまった。

それから3年の歳月が過ぎた。山幸彦は当初の目的を思い出し、海神に、失くした兄の釣り針を探しに来たことを告げた。

海神は鯛の喉から釣り針を探し出してくれた。釣り針の見つかった山幸彦は急いで兄の元へ帰ることにした。

海神国から一尋鰐(ひとひろわに)の背に乗って送り届けられたのが、青島であると伝わっています。

青島に上がった日は旧暦の12月17日と言われ、今でもその日は青島神社の冬まつり(裸祭り)神事が行われており、多くの見物客でにぎわいを見せています。

青島神社の境内を出ると、すぐに鬼の洗濯岩が大きな広がりを見せて続いています。

弥生橋近くの岩と比べると少し黒っぽく見えますね。その鬼の洗濯岩の南側には灯台が見えます。

打ち寄せる太平洋の荒波が、灯台の下で砕け、大きな波しぶきを上げている様は豪快です。

青島は日南海岸国定公園の北の玄関口ともいえる地点にある極めて小さい島ですが、訪れる人々の目を十分に楽しませてくれる場所です。

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堀切峠、絶景の太平洋

青島から沿って南に延びる日南ロードパークの道は、四季折々の花が咲き、訪れる人々の目を楽しませてくれます。

今回の旅では季節的に、花満開とはいきませんが、緑の濃ゆいフェニックスの葉や大きなソテツの間から見る日南海岸の素晴らしい眺めは、まさにロードパークと地元の人が自慢するだけのことはあります。

県道377号線を青島から進んで行くと、また、国道220号線に合流します。信号を右折して300メーターぐらい行くとまたすぐに県道377号線に降りる道があります。

信号を曲がると「堀切峠」・「道の駅フェニックス」の看板が出ているのでわかります。

バイパスを行くと観光に来た意味がありません。バイパスは堀切を過ぎるとすぐトンネルに入るので景色はまともに見られないのです。必ず県道へ降りてロードパークを走りましょう。

県道へ降りると桜木の多い登坂の道なっています。その坂を登り詰めると、突然視界がパァーと開け、真っ青な大海原がパノラマのように目に飛び込んできます。

眼下には鬼の洗濯岩が南北にどこまでもつらなり、白い波しぶきが舞い上がっています。この瞬間がやはり最高ですね、南国宮崎を実感する場所です。

ここが日南海岸随一の眺望を楽しめる堀切峠です。

日南海岸道の駅フェニックス

そこを過ぎると道路は緩やかに下っていきます。左手に太平洋を見ながら進むとすぐに白い円形の建物が見えてきます。そこが「道の駅フェニックス」です。確か昔はドライブインだったような気がします。

ここに車を止めて休憩です。道の駅としてはごく普通の店内ですが、道を挟んで展望台がありますが、そこから見る鬼の洗濯岩からつながる太平洋の海原が一望できます。まさに絶景の一言に尽きます。

撮影スポットとしても最適で、ここから写真を写すといかにも「日南海岸にきましたよ」と言わんばかりのベストショットが撮れるはずです。

ちなみに、普通の道の駅ではありますが、一つ気になるものがあります。それはマンゴーソフト

見るからにマンゴー色をしており思わず食べたくなりますね。味は賛否両論ありますが、私は好きですね。

絶景を見て休憩をした後は、さらに県道を太平洋を左手に見ながら緩やかに下っていきます。海岸線に沿った道路を下りきったあたりでトンネルがありますが、その手前に側道に降りていきます。

そこへ入って行くとモービル石油の貯蔵タンクが立ち並ぶ内海港に入って行きます。

ただそれだけなのてすが、どうせ来たのだから見らない手はない。しかし、この側道が「日南ロードパーク」ですよ。この道はぐるりと回ってトンネルを過ぎたところで合流します。

するとすぐに国道220号線にまた合流する。ここで旧道は終わりです。これからは国道を走って南へ下っていきますね。

南風茶屋の名物、チキン南蛮、旨し!

内海港を過ぎて国道を500メーターぐらい走ると左手にローソンが見えます。その隣に「南風茶屋」というお店がありますが、ここの「チキン南蛮」がかなりうまいらしい。ネットでも口コミで噂になっていますね。

うどんは食べたことがありますが、どちらかというと福岡うどんに似て柔らかいので、腰があるうどんを好む方は合わないかもしれません。

余談ですが、「チキン南蛮」は宮崎の日向が発祥ということはご存知だと思います。宮崎県には本当においしい「チキン南蛮」を食べさせてくれるお店がいっぱいあります。これも新たな記事で紹介していきますね。

それと、宮崎のコンビニ(セブン)で食べる「チキン南蛮弁当」は、他県で食べるのとは、一味違います。ボリューム感があって本当においしい、ぜひ、食べてみてください。

巾着島とイルカ峠

さて、そこを過ぎてさらに1キロほど南に下っていくと、左手前方に「巾着島」という小さな島が見えてきます。

島までは車で行けませんが近くまでならいけます。そこから歩いて200mぐらいかな、島の小さな灯台まで行くと、ここもまた絶景ですね。

観光客はほとんど来ない隠れた絶景スポットですよ。灯台には上れませんが、ここから眼下に見おろすと、波状岩と島のバランスがとても素晴らしいと感じます。

海岸線とは違った波状岩の景色がここで見ることができます。

再度、国道220号線を南に1キロぐらい下っていくと、道路が90度近く曲がったカーブがあります。

そこが「イルカ峠」と呼ばれているところです。

駐車場は道路の側道が広くなっている感じで、乗用車が5~6台程度しか止められません。ここも車を止めて景色を見ていただきたいですね。

運が良ければ名前のとおり、イルカに出会えるかもしれません。過去に目撃例は数多くあるみたいですよ。

さて、このイルカ峠あたりから日南市に入って行きます。

サンシャイン茶屋

さて、イルカ峠を過ぎ、さらに車は南下して行きます。相変わらず風光明媚な海岸線を走り続けると伊比井駅が右手にあります。

それを過ぎて約500メーターぐらい行くと、左手に昔からある「サンシャイン茶屋」というドライブインがあります。

今までに2度ほどお世話になっていますが、ここの「チキン南蛮定食」がとてもおいしいですね。

なんでもありの一般的な食堂ですが、特にいいのはオーシャンビューであること、日南海岸を見ながらこの旨いチキン南蛮を食べると格別です。

また、海鮮丼も人気がありますよ。ここの海鮮丼はボリームがあり新鮮です。

値段は少し高いのでめったに食べませんが、口コミでも評判になり、近頃ではわざわざ食べに来るお客さんも増えたそうです。

お店の方の対応も非常に丁寧でやさしく、気分よく食事ができるいいお店ですよ。

やはり、道の駅などで食事を採るよりも、この海岸線にはおいしいお店が沢山あります。是非情報をもとに訪ねた際は寄られてほしいですね。

サンシャイン茶屋を過ぎて500~600メーターぐらい車を走らせると国道220号線は長いトンネルに差し掛かかります。

その手前にまた旧道へ下りる道があり、そこを入って行くと富士海水浴場方面に行く道です。

この道路が「日南ロードパーク」になります。国道を行くと約1キロぐらいのトンネルをくぐりますが、旧道へ行くと海水浴場を過ぎて、海岸線を見ながらドライブすることができるので絶対にオススメです。

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サンメッセ日南、モアイの復元

そこからさらに南下すること1キロぐらい、あのモアイで有名な「サンメッセ日南」が右手に見えてきます。

確かここがサボテン公園だった気がするのだが・・・・・。

このサンメッセ日南は1996年にオープンしています。今から22年前。しかし、なぜここにモアイが立っているのか、少し調べてみました。

きっかけは1991年に倒壊したイースター島のモアイ像をテレビで放映したのがきっかけみたいですね。

謀会社の社員が「モアイを復元しよう」と呼びかけて、奉仕活動の一環としてモアイの修復に乗り出したそうです。

復元されたモアイ像は世界文化遺産になり、イースター島の長老会が、モアイ修復チームに、日本での復刻建設を許可したとのことです。

イースター島を偲ばせる雰囲気のある場所にたててこそ、完全復刻となるということで、もっともふさわしい場所が、「サンメッセ日南」ということになったみたいですね。

サンメッセ日南にある7体モアイ像は、アフ・アキビの完全復刻版です。

どうもこのモアイ像にはいろいろなジンクスがあるみたいで、現状パワースポット化しているようですね。

例えば仕事運健康運恋愛運旅行運結婚運金運学力運など、一体ずつ違う運気パワーを持ち合わせているらしいです。

イースター島公認の完全復刻版であるモアイ像を見ないわけにはいきません。

しかもそう簡単にはイースター島へは行けないので、是非見ていただきたいと思います。そしてモアイから運気パワーをもらいましょう。

「サンメッセ日南」からの眺めも最高ですよ。特にモアイ像の先に移る太平洋の海原は絶景であり、また少しですがイースター島にいる気分になれるかもしれません。入場料はしっかり取られますが・・・・・。

  • 一般:大人700円、中学生500円、小人(小学生~4才) 350円
  • 団体割引:大人600円、中・高生450円、小人(小学生~4才) 300円
  • 住所 宮崎県日南市大字宮浦2650
  • 電話 0987-29-1900
  • 9:30~17:00 定休日:第1・3水曜日(8月・祝日は除く)
  • 220台(無料)

余談ですが、上記にも書いたようにここには昔、サボテン園が存在していました。

今は跡形もありませんが、当時は山際にひしめきあうようにサボテンが植えられていました。

調べてみると30万本以上あったらしいです。

やはり昭和の時代は新婚旅行のメッカだった所です。温暖な地ならはの景観であったと思います。

サボテンと太平洋の風景はよく似合っていました。多分、私みたいになつかしい方もいるだろうと思います。

鵜戸神宮

サンメッセ日南から走ること300~400メーター行ったところにまた旧道に入る交差点があります。鵜戸神宮方面の看板が出ているのでわかりやすいですね。

そこを左折し海岸沿いを走り、小さなトンネルを抜けて信号を左折すると鵜戸神宮の駐車場に入って行きます。

駐車場から続く急な石段を登り詰め、ダラダラと続く長い石段を下りると、真っ青な日南の海が視界に飛び込んできます。

大きな楼門を潜って、断崖の上の道を行くと、海に突き出た岬の先端に鵜戸神宮本殿の鎮座する海蝕洞窟が、ポッカリと大きな口を開けています。

鵜戸神宮の祭神は、神武天皇の父、草葺不合尊(うがやふきあえずのみこと)です。草葺不合尊には、前回記したように山幸彦神話の後半部が伝わってきます。

海神国(わだつみのくに)で海神(わたのかみ)の娘、豊玉姫(とよたまひめ)と結婚した彦火火出見尊(ひこほほでみ)は、豊玉姫と共に日向国へ帰った。やがてすでに妊娠していた姫は草葺不合尊を生む。

そのお産の時姫は、『古事記』によれば、「およそ他(あだ)し国の人は、産む時になりては、本つ国の形になりて生むなり。かれ、妾も今、本の身になりて産まむとす。願はくば妾をな見たまいそ」と、彦火火出見尊と固い約束をして、鵜の羽を葺草(かや)にした産殿(うぶや)へ入った。

ところが彦火火出見尊は約束にそむいて、姫が八尋鰐の姿になって出産しているところを見てしまった。そのことを知った姫は生んだ子を残して海神国へ帰ってしまった。

その産殿の後に建てられたのが、今日に見る海蝕洞窟の中の本殿です。面積約1000平方メートルの洞窟の天井には、不思議な紋様を描く乳房状の岩が見えます。

乳水と呼ばれる清水が、絶え間なくその岩から落ちています。母のいなくなった草葺不合尊は、その清水を母乳かわりにして育てられたという伝説ですね。

この鵜戸神宮は第十代崇神天皇によって再建されたと伝えられていますが、少しつじつまが合いません。

その辺の模索はさておいて、宮崎地方では、結婚をすると間もなく新婚の夫婦がそろって、この神宮にお参りをする習わしがありました。

青島からこの鵜戸神宮までは、俗に「七浦七峠」といわれるように、山越えの難所の多い道であった見たいです。花嫁は赤い毛耗を敷いた馬に乗り、花婿がその手綱を引いての道中であったといいます。

これは神に結婚を報告するということから出たみたいですが、一種の新婚旅行を兼ねた行事であったように思えます。

現在ではさすがにその風習は残っていないみたいですが、宮崎神宮の神武大祭(10月)に催し物として登場するだけとなっています。

宮崎に来るとお土産の中に「シャンシャン馬」を見かけると思います。

それがこの風習の元となっていますね。そして、宮崎の民謡としても「シャンシャン馬の唄」として今に唄いつがれています。

城下町飫肥の街並み

神話に彩られた鵜戸神宮から海岸線の美しい国道に出て、江戸時代の城下町の面影が色濃ゆく残っている飫肥の町へ向いました。

国道220号線を来て、油津の大きな交差点を右折します。ここで「日南ロードパーク」とお別れですね。左折するとそのまま国道220号、右折は国道222号に変わります。

その国道222号線を走っていくと酒谷川という清流に架かる橋があります。その橋を渡ると、飫肥の旧町並み保存地区に入って行きます。

白の漆喰の壁に本格子の付いた商屋が立ち並んでいますが、その建物はいずれも新しく古くからある建屋ではないみたいですね。

旧商人町の中央に「飫肥城入口」の案内板があります。この案内板に従って右折すると、そこからは、いかにも歴史の古さを感じさせる苔むした石垣や土塀につつまれた武家屋敷街を見ることができます。そこを抜けていくと「大手門」の信号が出てきます。

その信号を直進するとすぐ左手に駐車場があり、そこに車を止めて歩いて飫肥城跡に向かいます。駐車場を出て左に行くとどっしりと構えた飫肥城大手門が見えます。

大手門をくぐると枡形と呼ばれる小さな広場があり、枡形の前面には苔むした石垣が横たわり、その石垣の横にある広い石段を上がると、昭和53年に開館した、書院造り風の「飫肥城歴史資料館」があります。

歴史資料館には伊藤家代々に伝わった鎧兜や刀剣、書画などおよそ150点余りが展示されています。駆け足で展示館を見て回って資料館のすぐ横の高台に見える、松尾ノ丸を訪ねました。

この建物はすべて飫肥杉を使用し、時代考証に慎重な検討を加え、江戸時代の藩主私邸を復元したものといいます。

質素な造りの中にも優雅な気品ある御殿ですね。本丸跡は小学校のグランドになっているようで跡形もありませんでした。非常に残念ですね。

飫肥城は天正15年(1587)、伊藤祐兵(いとうすけたけ)が豊臣秀吉の九州征伐の軍に従った功により与えられて以来、明治4年(1871)廃藩置県が断行されるまでの280年余り、伊東氏五万一千石の居城でした。

飫肥の町は伊藤氏によって基盤が作られました。

特産品として木材市場に名高い飫肥杉も伊東氏の植林政策によって始まり、今日に受け継がれているのです。

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日南海岸ロードパーク観光、南国宮崎の旅のまとめ

この国道220号線を行くと都城市に至り、そこから国道10号線に乗って錦江湾へと向かうルートです。

薩摩へ向かう古くからの街道でもありました。

また、油津が国道220号線を南郷町まで行き、そこから国道448号線に切り替えて都井岬までのルートが、「日南ロードパーク」です。

昔でいえば「日南フェニックスゴールデンルート」と呼ばれるところです。

都井岬については、また新たに別記事で出す予定です。

この「日南ロードパーク」は南国宮崎を象徴する場所です。

ここを見らずして九州に来たとは言えないぐらい、素晴らしい景観が広がっています。

山は「阿蘇」、海は「日南」と昔から言われるほどのものがあります。是非、見ていただきたい場所のひとつでありますね。

最後に宮崎市公式の「青島、堀切峠観光PR動画」を載せておきます。

やはり写真より動画のほうが、日南海岸のすばらしさがわかりやすいでね。よかったら見てください。

日南海岸ロードパークは、昭和の時代から新婚旅行のメッカとして日本でも有数の観光地でした。

現在でも年間300万人以上の観光客を呼び込む観光地です。

これだけ長い距離で太平洋の青い海を満喫できるコースは珍しく、まさに「南国」という言葉が本当に似合う場所ですね。

また、ご機会があればお寄りいただければ幸いです。今日は最後までお読みいただきありがとうございました。

※ブログ内の記事はこちらからどうぞ。

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