【日本の温泉】開湯伝説の旅

【日本の温泉】開湯伝説の旅

こんにちは、ワカマツです。
12月に入り、事務所仕事が多くなり、旅にも出れない日々が続いています。編集作業があまりにも多く、今の調子では年末までにかたずけられないようですが、暇を見つけて5年前ぐらいからダラダラと書いていた記事があったので、少しまとめてみました。

この記事は自分が30年という月日の間に訪れた場所でもあり、5年前ぐらいには謀雑誌の記事として公開される予定でしたが、自分のミスで編集が遅れてしまいお蔵入りなった記事です。

今となっては少し古さも感じさせるとは思いますが、普通の観光ブログに飽きた方であれば、また実際にこうゆう記事が書けないと、トラベルライターはやっていけないということを示した記事でもあります。よかったら最後までお付き合いください。

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🔶日本人と温泉

■蘇生を約束する温泉

日本人は、古来からことのほか温泉に親しんできた。単に親しんできたのではなく「湯の神」を祀り尊んできた。事実「湯の神」は、身体の傷を治すのみではなく、時に罪人をあらため、人の心をも救ってくれた。

古くは『古事記』に近親相姦の罪を負った木梨之軽太子(きなしのかるのひつぎのみこ)が、伊予の湯(愛媛県松山市の道後温泉)へ流刑になったとあり、『万葉集』には、謀反を計画したとして、有間皇子が紀伊国牟婁(むろ)の湯崎温泉におくられた、とある。

なぜ、罪人や容疑者が温泉に流され、おくられたのか。温泉が「」であり、「」(ゆ)であったからだ。京都の上賀茂神社に、今も流れる斎川水(ゆかわみず)。

日本人は、そこで汚れを払い蘇生する。斎戒沐浴とか斎川浴み(ゆかわあみ)と言われるが、海岸や島や山に湧き出る水を「ゆ」と呼び、それを飲み、それを身体にふりかけて休浴し、蘇生を約束する禊(みそぎ)の水と信じた。

山形は羽黒三山中の湯殿山の場合、社殿はなく、湯を湧出する巨石そのものが御神体だ。湯は赤い岩から絶え間なくあふれて温かい。湯殿は踏めば足が燃えるようで身体が引き締まる。建物の中に移っても湯殿、湯殿は神聖な日々の活力源だ。

日本のほとんどすべての人々が、限りなく温泉を好むのは、清潔さを尊ぶ民族性の表れであると思うが、なによりも遠い祖先から、蘇生を約束する「ゆ」への信仰が絶えることがなく続いていることによるといえるだろう。

それはまさに地下水のように、確かな健康と幸せを約束するものとして、風光明媚な日本各地に湧き出し続けてきたのであった。

ところで、世界一の温泉国といわれる日本には、どれほどの温泉地と温泉源があるのだろうか。温泉地は2000余り、温泉源は一万以上と言われているが、その分布は一様ではない。

もとより温泉は火山地域と密接に関係するが、現に活発に火山活動を繰り返している地域よりも、噴火活動の最盛期を過ぎるか、またその活動を終えてしまった地域に多いのも、何かの象徴といえるのではないだろうか。

温泉は、青春を確かに経験した者たちの、老壮の憩いの場を見事に象徴しているともいえそうであり、石見(温泉津温泉)山形の銀山温泉は、銀を掘りつくした後に、新たな湯源が湧き出たりしている。

温泉は傷病を治癒し、健康を保持するうえ、蘇生を約束する場として尊ばれ、守られてきたが、その開湯伝説はさまざまで、開湯の起源を求めて旅をした時期が私にもあった。

日本の名湯は、信仰と伝説を多く含んでいる。それを知らずして旅もできなければ、ライターとしても成り立たない。写真を写して紹介するだけだったら誰でもできる。歴史を知りそれを掘り下げることによってすべてを把握できるのではと確信している。

温泉は、過去も現在も、そして未来も滾々と湧き続ける。私の好きな温泉は島根県大田市の「温泉津温泉」と湯布院の「湯平温泉」である。

■名湯を発見した動物たち

温泉に傷病治療の効果があることを、人間に教えたのは、紛れもなく自然と共に生きる動物たちであった。人間にもまして傷つきやすく、かつ野生本能の強い動物たちは、鋭く傷病治療効果のある温泉を発見した。

例えば鶴、山形県上山市鶴脛町(つるはぎ)の町名は、鶴が傷ついた脛を温泉につけて治していたことに基づくと伝えられる。鶴が発見したといわれる温泉は、ほかに、東京の小河内(おごうち)兵庫の城崎(きのさき)佐賀の嬉野(うれしの)など数多く、鶴に似た鳥である鷺が発見した温泉としては、石川の中山鳥取の浜村岡山の湯郷愛媛の道後佐賀の武雄、などの温泉が上げられる。

そして、新潟の松之山は鷹、神奈川の湯河原は鴉(からす)、岩手の鶯宿(おうじゅく)は鶯(うぐいす)が温泉を発見し、人間たちに教えたのだという。

動物の場合、各地に熊ノ湯温泉の名が見える。例えば、長野の野沢。そして猪は栃木の那須湯本静岡の伊東三重の湯の山熊本の栃の木など。鹿は青森の酸カ湯宮城の峩々(がが)長野の鹿教湯(かけゆ)熊本の山鹿(やまが)。猿は岐阜の平湯山口の俵山大分の寒の地獄などだ。

鳥獣の名湯発見は、動物の分布図と密接にかかわるが、鳥獣と人間とかかわりあう地域とは無縁ではない。たとえば兵庫の有馬にある鳥地獄や人妻が妾を殺したという後妻(うわなり)湯の場合は、温泉が時に、人畜に害を与えたことを物語る。

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妖怪とかかわる温泉

「石の毒気、いまだほろびず」と芭蕉の『奥の細道』にあるのは、那須湯本の殺生石。それは温泉(いでゆ)の出る山陰、と芭蕉は記している。桃隣の『陸奥鵆』(むつちどり)に「鳥獣虫行懸リ度々死ス―――辺の草木不青、毒気いまだつよし」とあり、人間にも害を及ぼす、とある。

殺生石にかかわる九尾狐は玉藻前(たまものまえ)。昔、金毛白面九尾の妖狐が魔訶陀国(インド)太子の妃・薬湯に化け、唐土(中国)では殷王朝を傾けたとされる妃・妲己(だっき)となり、日本に渡って鳥羽天皇の玉藻前となって人を悩ませた。

しかし、安部泰成に看破されて白狐の正体をあらわし、下野国那須野に逃れて殺生石と化したが、ついに玄翁(げんのう)和尚に法力によって散滅したという話である。

インド・中国・日本を飛び回る壮大な妖怪だが、その妖怪を退治した玄翁和尚は、数多くの温泉を発見した人だったと福島の熱塩温泉郷の人々も伝える。ちなみに、石を打ち割る鉄製の大型の槌を、石工や大工たちは、今にゲンノウと呼ぶ。

温泉を発見した玄翁和尚の名は、荒野を開拓し、建築を進める道具の名として今に伝わっている。

一方、青森の岳の湯は天狗、山形の姥湯は山姥が発見したといい、箱根には姥子温泉がある。天狗や山姥は、日本人の起源を解く鍵を含む存在として、別に民俗学的にも考察しなければならないが、妖怪・変化たちによって発見された温泉を大切にしているところに、日本人が温泉に不思議な霊威を感じている証拠を見てとることができる。

加えて言えば、温泉が多くの山間部に湧き出し、発見されたことも、天狗や山姥が開湯した、という伝説を促す要因となったのではないだろうか。

■名湯に潜む神や仏たち

古代日本の国造りのために力の限りを尽くした「日本武尊(やまとたけるのみこと)」、『古事記』・『日本書紀』でもおなじみの人物であるが、言わずとしれた悲劇のヒロインである。それと同時に全国各地に温泉を発見した伝説的な人物でもある。

例えば、日本の温泉を代表する草津や別府も「日本武尊」の発見によるとされているところもある。ある意味「日本武尊」は一人ではなく、古代日本を創り上げた、たくさんの若者のトータルイメージではないだろうか。

ならば一層、古代日本の温泉の発見者に、「日本武尊」の名を冠した美しい思いやりが感動的でもある。やがてこの世の悲劇を一手に引き受けて彼は白鳥と化して宇宙の彼方へはばたく。もしかすると、日本各地の温泉を発見した鶴や鷺たちは「日本武尊」の化身だったかもしれない。と変な妄想を企ててしまう。

神が零落したのが妖怪だと作家の柳田国男氏・折口信夫氏はいう。さらに言えば、神になれなかった異形の者たちが妖怪であった。その妖怪たちを超えた者たちこそ神や仏たちだが、春日大明神は那須温泉観音菩薩は青森の大鰐瑠璃光薬師如来は岐阜の下呂妙見菩薩は鳥取の三朝温泉を発見、スクナヒミコナノコトは熱海道後などの温泉を発見したとされている。

神・仏の加護によって温泉が発見され、温泉の効能(御利益)こそは、神・仏の名に価するものであった。各地の温泉に、温泉神社湯大明神湯山権現走湯大権現などが祀られているのも、日本人の厚い信仰心に照らしてごく自然な姿である。

■高僧・知名人と落ち武者たち

修験道の始祖たる役(えん)の行者にまつわる伝説は多いが、中でも、彼が発見したといわれる温泉は数多い。五色伊豆山田沢谷津などがある。

高僧の場合、行基は宮城の作並福島の東山群馬の伊香保長野の渋静岡の蓮台寺京都の木津石川の山中などにおよび、空海は山形の吾妻群馬の法師新潟の出湯静岡の修善寺などにおよぶ。

さらに親鷺は新潟の赤倉慈覚は青森の恐山岡山の湯郷漣如は長野の角間である。このように神々よりも多く高僧の名が温泉発見に結びつくのは、高僧において、神々よりは、より具体的に民衆救済に触れる面が多かったからではないだろうか。

開湯ののち、秋保(あきう)に欽明天皇柴石に親仁親王小野川に小野小町が入湯したという伝説が残るのは、知名人の名を借りてその温泉の効能をたたえたもので、関東各地に伝わる美しい姫が蛇の種をやどしてしまったのを、菖蒲湯に入ることによって、たくさんの蛇の子を堕ろすことに成功したという昔ばなしと同じ発想に基づく。

名湯は知名人を呼び、知名人は名湯の名を広く世間に知らしめる。例えば、義経と鳴子、江戸時代に至って、貝原益軒らが盛んに名湯を紹介したのは、医療法に基づく純科学的な活動であった。

徳川家康出生にゆかりの愛知の鳳来寺や、源義経ゆかりの秘湯、群馬の老神などは、とりわけ世間に知られているが、落武者たちが、密かに傷を養った温泉も各地に多い。

落武者だからこそ、隠れ湯が発見できたのかもしれないが、それだけ戦乱の世の傷が深い、というべきであろうか。そういった悲しく厳しい落武者を救った隠し湯が、かえって世間に現れて、長く人々の傷を癒し続けているというのも温泉の功徳であり、尽きない魅力でもある。

🔶開湯伝説まとめ

日本全国をぐるりと回ってみました。諸国漫遊というか、開湯の伝説を調べていると本当におもしろい。みなさんもこの中に知っている温泉はいくつもあったかと思います。

世界一と言われる温泉国日本、ただ温泉に入るのではなく、温泉の意味を少しでも理解していただければ、また、その場所に行ったときに思い出していただければ温泉に入る意義がまた少し変わってくるかもしれません。

日本人と温泉は斬っても切り離せない心源たる要素を含んだ、神秘的な輝きをもった「」です。「」は禊、身を清め心を改めさせ、そして蘇生し、幸せに導く自然界の「」であると感じています。

今日は最後までお読みいただきありがとうございました。

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