【嬉野温泉】観光と歴史、そして日帰りの温泉

【嬉野温泉】観光と歴史、そして日帰りの温泉

こんにちは、ワカマツです。今回は「日本三大美肌の湯」で有名な、佐賀県嬉野市に位置する「嬉野温泉」の歴史と観光を記していきます。

🔶神功皇后と嬉野温泉

 ■嬉野温泉の歴史

嬉野温泉の豊玉姫神社の由緒書にはこう書かれてある。

神功皇后三韓征伐有テ後、柄崎(武雄)ノ湯ハ武内大臣掘之給フテ、嬉野ノ湯ハ住吉明神(神功皇后)堀之給フテ、多クノ手負ト共ヲ湯治セサセ、不日ノ間ニ皆本復イタシ、目出度帰洛スト

三韓出兵の帰国後、嬉野川(塩田川)の畔で白鳥が傷をいやすのを見て、皇后が温泉を発見した、という伝説の話である。この時、皇后が「あな嬉乎(うれしゃ)」と喜んだその言葉から、「宇礼志野」そして「嬉野」と転じたものという。

『肥前国風土記』には、この話がない。唯一、塩田川の項で、「・・・・・深さ二丈ばかりで石壁がけわしくめぐまされて垣のようである。年魚(あゆ)が多い。ひがしの辺に温泉がある。よく人の病気を直す」と記されている。

『古事記』・『日本書紀』によれば「神功皇后」は14代仲哀天皇の后である。仲哀天皇は倭健命(日本武尊)の子である。皇后と仲哀天皇の子が、歴史上で実在したらしい最初の天皇、という説もある第15代応神天皇である。神話的な母と祖父を持った天皇である。

今でも江上波夫氏の「崇神天皇、大陸騎馬民族説」には興味がある。日本の天皇系列には、二人の「ハツクニシラススメラノミコト」が記されている。神武天皇と第10代崇神天皇である。

この初めて国を治めた天皇の一人、崇神王朝に応神王朝を結びつけるために、神功皇后伝説が後世に挿入された可能性が高い。勝手な想像だが、さらに応神天皇こそ大陸渡来の勢力で、その子を産んだ母親を神功皇后として神格化し、大和朝廷に結び付けた、と言えなくもないのではないだろうか。なにしろ謎の4世紀なのである。

神功皇后伝説を『古事記』から拾ってみた。「仲哀天皇と共に熊襲を討つために筑紫にいく」、「皇后が神がかりして、神のお告げするが、仲哀天皇はこれを信じず天罰で死んでしまう」、「皇后は一人で新羅などを征伐し、無事日本に凱旋して、筑紫の宇美の地で応神天皇を生んだ」、という話である。

神功皇后はシャーマン性を持つ女性として、大阪の住吉大社に祀られた。よく、邪馬台国の卑弥呼と同一化させられているが、時代が少しずれている。このころには卑弥呼はすでに死んでいた。実際に、邪馬台国自体の所在もはっきりしていない中で、同一化は少し無理があり、あくまでも伝説化した物語なので、現時点では別に考える方が筋が通るだろう。

『肥前国風土記』には、景光天皇の名は21回、神功皇后は4回、日本武尊は3回登場するが、肝心な仲哀天皇の名は一度も登場していない。

嬉野温泉の歴史史書、また古文書などを調べたが、残念ながら神功皇后にいわれのある史跡関連の事項等、何も出てこなかった。唯一、市街のほぼ中央に由緒書を残した「豊玉姫神社」があるのみだ。

「豊玉姫神社」は今でもそうだが安産の神様である。全国に10ヶ所程度あるはずである。基本その関連性も捨てられないのであるが、これも現時点では定かではない。

どこの温泉でもそうであるが、「古くからある」を強調したいがために、どうしても古事記、日本書紀、風土記に結び付けて由来発祥を神格化したがっている。日本の温泉、いや世界の温泉もそうだが、ほとんどが動物と近くの村人発見が現実である。

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■嬉野温泉近代の歩み

嬉野温泉は長崎街道に面しているため、鎖国時代から明治維新にかけて、多くの外国人が訪れている。オランダ人医師ケンブェル(1691年)、スウェーデン医師ツンベルク(1776年)、そしてシーボルト(1826年)、などがこの嬉野温泉を訪れて温泉を科学的に観察し、欧州の文献に嬉野の名を多く残している。逆にこういった現実味のある事項を「売り」にすればいいとおもうのだが・・・・・あくまでも自前観です。

江戸時代には長崎街道の宿場町として栄え、多くの往来があった。その中で『和漢三才図会』や『江戸紀行』などに嬉野温泉の様子が記され、この頃から歓楽温泉としても知られていたようである。

戦後は西の別府といわれるほど歓楽温泉として名を馳せた。だが、各の温泉旅館は風格が調っており、それぞれが趣を持った風呂を持っている。また、イベントも多く実施されているが、他の温泉地と比較すると、新たな施設の投入は少ないのが現状である。

街は嬉野川の西畔に開けて、明るい谷間に位置する。湯元は古湯、新湯、元湯があり河川の古湯が中心である。古湯のほど近い台地上から石器時代遺跡が見つかり「古代人も湯治したはず・・・・・」と温泉の古さを強調する。

街はかなり歓楽的である。温泉もそうだが、色気を楽しむ人にも人気がある。嬉野温泉には10件の「置屋(おきや)」があり 約50人の芸妓さんが籍を置いている。「芸妓さんのレベルが高いと」と評判である。

泉質はナトリウム – 炭酸水素塩・塩化物泉。美肌に効果がある重曹泉で、入浴した後につるつる感がある。その泉質は中央温泉研究所と藤田聡によって「日本三大美肌の湯」に選ばれている。現在は女性客に人気がある温泉の一つである。

少し古い話ではあるが、古湯温泉の温泉館の建物が良かった。1924年(大正13年)にドイツ人の設計で造られた公衆浴場「古湯」があった。 老朽化と2005年(平成17年)3月20日に発生した福岡県西方沖地震の影響により取り壊されたが、2010年(平成22年)4月1日に、当時の設計通りに建て直され、新名称「シーボルトの湯」として再開された。

商店街中心部の足湯広場には、「シーボルトの足湯」があり、無料で利用できる。勘違いかもしれないが、ひと昔までは川岸に露天風呂もあったような気がするのだが・・・。

美肌の湯とも呼称される嬉野温泉は、飲用にも適しており、中でも温泉を使って炊いているという温泉湯豆腐は嬉野を代表する名物である。また、嬉野市においては「湯どうふ」として表記されており、『嬉野温泉湯どうふ』の名称は嬉野市により商標登録されている。

🔶嬉野温観光と日帰り温泉

■シーボルトの湯

大正ロマンを感じさせるゴシック風建築物「シーボルトの湯」は、木造2階建て、約750平方メートル。嬉野温泉公園の対岸に、嬉野温泉の歴史が甦るオレンジ色のとんがり屋根が目印のレトロな建物です。
館内には、大浴場や貸切湯、市民ギャラリーなど、市内外の客様に、交流の場・憩いの場として親しまれています。

また、充実したバリアフリー設計や、広々とした休憩室、最新鋭のマッサージ機などくつろぎのスペースも完備しており、万人向けの公共施設だと思います。近くには「シーボルトの足湯」があり、無料でつかえますよ。

旅館の温泉施設も日帰り湯として楽しめますが、金額が張るので、要注意です。行く前に料金の確認はしておいた方がいいでしょう。

嬉野市公式サイト

TEL 0954-43-1426

佐賀県嬉野市嬉野町大字下宿乙818-2
開館時間
午前6時から午後10時まで(入場制限時間:午後9時30分)

休館日
毎月第3水曜日(祝日の場合は、翌日)

泉質
ナトリウム-炭酸水素塩・塩化物泉

効能
腰痛・神経痛・リウマチ・婦人病・美肌作用など

料金
大浴場一般券 入場1回 70歳以上 300円 ・小学生未満について、保護者同伴の場合には無料とする。

・身体障害者等とは、身体障害者手帳、療育手帳又は精神障害者保健福祉手帳の所持者をいう。
大人(中学生以上70歳未満) 一般 400円
身体障害者等 300円
こども(小学生) 一般 200円
身体障害者等 100円

貸切湯 50分
2,000円又は大浴場

回数券大人券5枚

・介護又は介助が必要な者との同伴については、75分とする。
休憩室 使用1回 大人(中学生以上) 100円 ・大浴場又は貸切湯を使用した者については、無料とする。
こども(小学生) 50円
【料金表】
※上記料金は、消費税額及び地方消費税額を含みます。

※貸切湯利用の場合、入湯税として大人1人50円が別途必要です。

※タオルは各自ご持参ください

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■嬉野温泉観光協会観光案内所

嬉野温泉の旅館の予約・紹介,観光案内嬉野温泉のバスセンターの中にあります。丁寧に詳しく説明してくれると評判が高いですね。宿泊予約はもちろんのこと、旅館の日帰り入浴や、近場の観光スポットの紹介、マップやパンフレット等も充実していますので、迷った際にはここに立ち寄るといいですね。嬉野温泉観光協会公式サイト

■湯宿広場(無料の足湯に足蒸し湯)

これがいま噂になっている足蒸し湯です。全国でも非常に珍しく、温泉に足を着けてあたためるのではなく、蒸気で蒸す感じですね。遠赤外線も使ってるみたいで、熱の伝導率よく、けっこう温まります。足の疲れもとれますよ。この横には普通の足湯も用意されています。

<h3■豊玉姫神社

豊玉姫とは、海の神(ワタツミ)の娘で、富と権力・子孫繁栄、また、水の恵みをつかさどる神でありその容姿は大変美しいといわれている。その豊玉姫の使いとされるのが嬉野に古くから住んでいるという大鯰で、境内には「なまず社」がたてられており美肌にご利益があるとされている。
〒843-0301
佐賀県嬉野市大字下宿乙2231-2
0954-43-0680

この鯰様に触るとご利益があるそうです。近くにある轟の滝には、鯰伝説があります。そこからきたのかもしれませんね。嬉野温泉のパワースポットですね。女性の方に人気だそうです。

■轟の滝

三段の滝から形成され、平坦地にある滝としては珍しく落差11mを誇る。温泉街から南へ1km。
滝つぼの面積は約2500平方メートル。流れ落ちる水の音が、雷のように轟くことから「轟の滝」の名がつきました。川底は洗濯板のようになっていて、ごつごつとした岩肌を水が流れていきます。

周辺は公園になっており、夏には涼を求めて多くの人が集まります。春は公園一帯に桜が咲き誇り、滝と桜を同じ場所で見ることができる名所となっています。下流にある滝見橋は、滝を眺める絶好のポイントです。
〒843-0301
佐賀県嬉野市嬉野町大字下宿丙163-1

■肥前夢街道

元祖忍者村 嬉野温泉 肥前夢街道は、佐賀県嬉野市の嬉野温泉にある17世紀の長崎街道を再現した忍者体験テーマパーク(忍者村)である。家族連れ、特に小さな子どもがいる家族はいいかもしれません。ただ客足はいまいち、相変わらずこの手のテーマパークは伸び悩んでいるのが現状です。

ディズニーランドやUSJ みたいな大手のテーマパークとは違い、リピーターが少ないのが悩みの種です。生き残るための戦略はそれがキーワードになるのではないでしょうか。

■食事処 宗庵よこ長

嬉野名物温泉湯どうふ発祥の店。自家製豆腐を使用した湯どうふは、絶品です。私もかなり前になりますが一度食べに行きました。その頃は今みたいに「温泉湯豆腐」が有名ではなく、知り合いから進められて食べた次第です。

でも、とてもおいしかったですね。ほかでは味わったことのない湯豆腐の食感でした。お値段もリーズナブルです。定食でも一人1.000円もあれば満足のいく食事が楽しめます。是非一度食べてみてください。
収容人数102名
住所佐賀県嬉野市嬉野町大字下宿乙2190
営業時間11:00~21:00
定休日水曜日(祝日の場合はその前日もしくは翌日に振替休日)利用可能カードカード利用可駐車場有
嬉野名物温泉湯どうふをはじめ各種定食、お子様メニュー等豊富なメニューがございます。
お土産に人気の湯どうふセットはお持ち帰りも準備しておりますのでお気軽にお立ち寄りください。
地方発送もあります。こだわりの自家製豆腐で作る温泉ゆどうふをご家庭でもどうぞ。

🔶嬉野温泉まとめ

これから冬場を迎え、温泉地も一層賑わいを見せる時期です。どこの温泉地でもそうですが、天候に左右されることがなく、どれだけ集客できるかが最大の課題だと思います。一時期繁栄をみせた「嬉野温泉」もそうですが、時代の波に乗り遅れたところが少しあります。規模の大きい別府温泉は別としても、由布院、黒川は嬉野にとって、いい勉強材料になるのではないかと考えます。

生き残るための戦略、いま「嬉野温泉」にとって企業、自治体が一体となって乗り越えていっていただきたいと思います。今日は最後までお読みいただきありがとうございました。

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