別府温泉、地獄めぐりのオススメと日帰り温泉

温泉開湯ストーリー

今回は別府温泉の歴史について触れていきます。

大分県別府市といえば、湧出量一日に約80.000㎘源泉数約2.200を数えるダントツ日本一の温泉地帯です。

歴史の古い温泉地だけに、湯にまつわる伝説や史跡が多い街でもあります。

観光都市としても1.000軒以上もの旅館やホテルが建ち並び、国内のみならず海外からも多くの観光客を集めている温泉郷ですね。

「源泉かけ流し」という言葉がありますが、別府の場合は「源泉垂れ流し」という言葉がピッタシでしょう。

別府八湯を回ってみたらわかりますが、道路の脇を流れる排水溝には温泉が流れており、冬になると排水溝から湯気が黙々と立ちのぼる姿を見ることができます。

また、街の中にはいたるところに銭湯があり、地域の人たちは毎月決まった金額を払えばいつでもそして何回でも入浴することができ、当たり前のように温泉に毎日使っています。

私も学生時代を別府で過ごしたので、その恩恵を受けた一人ですよ。

オススメの地獄めぐりとその歴史

湯けむり展望台から見た鉄輪温泉の風景

さて、別府を訪れて街並みを見た時にまず目に入るのが、街の背後にそびえ立つ鶴見岳。

この山は立派な火山(休火山)で別府温泉を支える源になっています。

ロープウェイも通り山頂まで行くと、国東半島から大分市内までの景色が一望できる九州屈指の絶景スポットですね。

地獄めぐりのルーツ

鶴見岳を背景にして、いくつもの白い大噴気がたなびくあたりが「別府八湯」のひとつ鉄輪温泉ですね。

どの観光雑誌にも必ず載る別府の象徴でもある風景です。

鉄輪温泉一帯がいまの別府観光の発祥のひとつであるとともに、日本全国の地獄めぐりのルーツともいわれています。

伝説によると鎌倉時代の僧、一遍上人が九州巡歴の際、立ち寄り温泉地として開拓したといわれています。

昭和の最初のころまでは、この辺一帯を「地獄原」と呼んでいました。

これは『豊後国風土記』にも記載されており、地元の方でも意外と知られてないみたいです。

鉄輪温泉のバス待合所から横の路地を西に歩くと、「白池地獄」・「鬼山地獄」・「カマド地獄」と続き、少し離れて「山地獄」・「海地獄」が山を背にして蒸気を噴き上げています。

鉄輪温泉は別府駅から西北に約8キロぐらい離れており、やまなみハイウェイ(九州横断道路)沿いに面する温泉地帯です。

地獄といえばいかにも恐ろしい印象がありますが、ひとつひとつ訪ねて歩くと、自然が創造した神秘さと膨大なエネルギーに感動を覚えます。

「地獄めぐり」といえば、昔は修学旅行の定番でしたよね。

私の小学校の修学旅行もそうでした。現在、市内各所に散らばる地獄は12ヶ所、別府地獄組合に加盟している地獄が7つ、加盟以外の地獄が5つあります。

海地獄

この中でも人気があるのは「海地獄」。

1200年前に鶴見岳の噴火によってできた地獄で約500㎡ある熱湯の地が海のようにコバルトブルーに澄んでいるところから名づけられています。

別府、海地獄

見た目には静かな地獄ですが、地下200メートルから200℃以上の熱湯が一日に3.000㎘以上も噴出し、不気味で神秘的といった印象です。

地獄というのがふさわしくないほどの美しさでも有名ですね。池の青色は、温泉中の成分である硫酸鉄が溶解しているためと言われています。

園内では、温泉熱を利用してアマゾン地方原産のオオオニバスや熱帯性睡蓮を栽培しており、オオオニバスや熱帯性スイレンの開花期は、5月上旬~11月下旬で、朝方が見ごろだそうです。

泉質:含食塩酸性泉(ラジウム硫酸鉄を有す)
深度:泉脈までの深さ200m
泉温:約98度

血の池地獄

鉄輪温泉温泉から北に亀川方面に降りていくと、「血の池地獄」があり、そのすぐ先には間欠泉で有名な「龍巻地獄」があります。

別府、血の池地獄

池の広さは約1.300㎡、水面がゾクッと寒気を誘うような血の色をしています。奈良時代に編纂された書『豊後国風土記』に”赤湯泉”の名で記され、1300年以上前から存在する日本最古の天然地獄です。

その希少性が認められ、平成21年に国の名勝に指定されています。

泉質:酸性緑礬泉
面積:約1300㎡(420坪・840畳)
深度:約30m(粘土のため最深部不明)
摂氏:約78度
湧出量:約1800kl./1日

血の池地獄の足湯

園内には足湯もあり地獄めぐりの疲れを癒してくれます。

この足湯は「海地獄」・「かまど地獄」・「鬼石坊主地獄」にも足湯が設置されています。

竜巻地獄

別府、龍巻地獄

別府市の天然記念物にも指定される間欠泉が龍巻地獄

豪快に噴き出した熱水は、岩の屋根で止められているが約30mほど噴き出す力があると言われています。迫力ありますよ。

泉質:含食塩酸性泉
泉温:約105度(噴気)
地下熱水150度

海地獄、血の池地獄、龍巻地獄、白池地獄の4つの地獄が「別府の地獄」として国の名勝に指定されていますね。

別府地獄めぐり料金表

かまど地獄

かまど地獄入り口さて、次は「かまど地獄」ですが、鉄輪温泉地帯の中に位置します。

名前の由来としては、地獄の噴気で御供飯を炊いていたことが元となっているとのことですが、ここはなぜか1丁目から6丁目まで分かれて色々な地獄を楽しむことができて、結構おもしろいですよ。

私も地獄の中では何度も行きたい地獄のひとつですね。

ぱっと見は海地獄に似ていますが、大きさは小さいですね。また、青の色がこちらの方が鮮やかのような気がしました。

かまど地獄

さて、当然のように地獄で蒸した「地獄蒸したまご」があります。そのほかにもオリジナル「醤油ぷりん」・「抹茶ぷりん」「抹茶石垣まんじゅう」などが販売されており、けっこう人気がありますね。

ここにも足湯がありますよ。歩くのに疲れたら使ってみたらいかがでしょう。気持ちいいですよ。

かまど地獄の足湯泉温98度
泉質含芒硝弱食塩泉(ナトリウム-塩化物泉)

鬼石坊主地獄

坊主地獄入り口

確か私が住んでいた時代は「坊主地獄」と呼ばれていましたが、いつの間にか「鬼石坊主地獄」に改名されていますね。

坊主地獄

どろどろの沼から、まるで生き物が出てくるような勢いで、ボコボコと音をたてて湧き出てくる温泉、と表現したらいいと思います。

他の地獄とは少し違い意外とこのボコボコに見とれてしまいますよね。

さて、ここにも足湯があります。昔は地獄に足湯なんてなかったのですが、時代の変化ですね。

でも足湯に浸かって休憩するのも乙なものですね。

鬼石の湯、露天風呂

この鬼石坊主地獄には日帰りの温泉施設が併設されています。内湯、露天風呂、展望風呂、そして家族風呂があり設備も整っておりリーズナブルで、施設も新しくなかなかシャレた温泉ですよ。

また、喫茶スペースもあり、ふろ上がりにゆっくり休憩することもできます。

ここもオススメの日帰り温泉施設です。機会があれば入浴されてくださいね。

鬼石の湯、展望風呂

●べっぷ鬼石の湯

泉質 ナトリウム塩化物泉(低張性 弱酸性 高温泉)
源泉温度 98.6℃
泉温 67.1℃
大人 / 620円 小学生 / 300円 幼児 / 200円 家族風呂 / 2,000円 (60分4名様迄)
営業時間 8時~17時(リニューアルオープン後はこの時間で営業しています。)

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別府温泉を支える別府八湯

「別府八湯」とは別府温泉を支える代表的な温泉地の総称ですね。

昔は湯布院や塚原温泉も含めて「別府十湯」と呼んでいたんですね。

現在は独立して「湯布院温泉郷」として、「塚原温泉」も湯布院の方に組み込まれていますが、

それぞに特有の泉質を持っており、バリエーション豊富な温泉を楽しむことができます。

別府の源泉といわれる鉄輪温泉

湯けむり展望台から見た鉄輪温泉

別府の象徴でもある「湯けむり」、やはりこの鉄輪温泉の景色につきますよね。

鉄輪温泉の旅館街は、自炊客目当ての朝市が開かれたりする素朴な湯治場ですね。

いまでは地獄蒸し料理が有名になり、多くの観光客が訪れています。

鉄輪温泉は別府の源泉といわれ、泉質・湯量とも豊富です。

ここで一番の名物は、鎌倉時代に一遍上人がつくったといわれる岩の蒸し風呂です。

もちろん今の蒸し湯は当時のものとは違いますが、その形に似せて造ったものとして使われています。

温泉山永福寺に伝わる鉄輪温泉の由来によると、建治2年(1276)に一遍上人が念仏行脚の途中、鉄輪にやってきました。この辺り一帯は猛り狂う大地獄のため、里人は困り果てて一遍上人にすがりました。

一遍上人が大小の石に経文を一字ずつ書いては地獄に投げ込み念仏を唱えると、荒れていた地獄も不思議と治まったといいます。

そこで一遍上人はここに蒸し風呂や熱湯などを造ったという伝説が残っています。

鉄輪温泉街には市営の「上人の蒸し湯」があります。

鉄輪温泉にある蒸し湯

大人一人がやっとという狭い木戸をかがんで中に入ると、内部は石室になっています。蒸気がこもって暗く、いわば原始のサウナといったところですね。

蒸気が噴き上げてくる床の部分には、菖蒲によく似たせきしょうが敷いてあり、その上に仰向けになり、蒸気を全身に浴びます。

発汗によって疲労回復をはかり、温泉ガスを吸入すると、足腰の痛みが少しずつ癒されるといいます。

大友氏の激戦地、観海寺温泉

観海寺温泉全景

鉄輪温泉からやまなみハイウェイを東に行くと観海寺温泉があります。

別府の東側に位置する温泉街で、有名どころで「杉乃井ホテル」や「別府白雲山荘」などがある場所ですね。

このホテルの周辺は、キリシタン大名の大友氏378年の栄華と悲劇の石垣原の古戦場でした。

大友氏がキリシタン大名と呼ばれているのは、天文2年(1551)、当時山口で布教していたフランシスコ・ザビエルが豊後へやってきたことから始まります。

大友宗麟はザビエルを丁重に迎え、豊後での布教を許すとともに、熱心に教えを聞き、1ヶ月後に彼がインドにかえるときには、宣教師を送ってもらうよう、使者を同行させたことによるものです。

当時、南蛮船の入港先は宣教師たちが決めていたので、南蛮貿易を盛んに行いたいという下心があったのも確かでしょうが、キリスト教に心をひかれ、自らも家督の仏教を棄て入信しています。

杉乃井ホテルから見た別府湾と別府市街

観海寺温泉は平安時代まで、立石の湯と呼ばれていました。建久8年(1198)5月、大友能直(大友氏初代)が立石湯場の上に一字を建立、清湯上観海寺と名づけ、母の禅尼らの宿坊としました。

以来ここを観海寺と呼んでいます。

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石垣原の合戦

石垣原の合戦は、慶長5年(1600)8月13日に始まりました。

大友軍随一の豪将吉弘嘉兵衛統幸は、精兵900を率い黒田如水(徳川方)率いる部隊と戦いました。

最初は黒田方を押し込んで優勢に立っていましたが、黒田方の第二陣の武将の中に久野次左衛門という若武者がおり、第一陣が逃げるのを見て怒り、吉弘隊に逆襲、大友軍の宗像鎮次もこれを見て500人の兵を率いて突進、戦いは激しい混戦となりました。

ほぼ互角で戦っていた合戦でしたが、大友軍の武将吉弘統幸の戦死で急速に終結に向かったといいます。

大友義統はわずかになった兵に守られていましたが、黒田軍は南立石の大友本陣を包囲、これを切り崩す兵もいなかったために戦いに敗れました。

慶長5年9月14日、黒田如水に降伏した大友義統は頭を丸め江戸に護送されます。

その後、大友義統は慶長10年(1610)7月19日49歳で江戸城下で病死しました。

大友氏22代義統滅亡後の元和元年(1615)11月、京都豊国神社の萩原三位兼従の領地となった観海寺は、その宿坊として改築、御前湯と称して一般住民の入浴が禁じられました。

それから100年後の享保10年(1725)3月、八代将軍徳川吉宗は立石一千石を没収し、天領としての観海寺温泉を解放しました。

別府観海寺温泉は海抜200メートルの高台に位置し、別府市街、高崎山や別府湾、国東半島まで一望できます。

だから著名人は観海寺温泉に宿をとる方が多いのです。

昭和天皇は「白雲山荘」、現在の平成天皇は皇太子時代「杉乃井ホテル」に宿泊し、有名作家や俳人も多く訪れてここから作品が多く生まれています。

今もひっそりとたたずむ堀田温泉

別府八湯、堀田温泉

観海寺からさらに奥に入った鶴見岳の麓にあたる場所には、古い歴史をもつ堀田温泉があります。

別府八湯の中でも、明治・大正時代までは多くの人で賑わった温泉です。

堀田温泉の前を走る道路は昔、湯布院、豊後森・日田・大宰府方面に行く往年の重要な官道でした。

現在のやまなみハイウェイは、昭和30年代につくられた道路であり、それまではただの山奥でしかなかったのです。

ここは、古くから温泉の湧出があったので、旅人は長旅の疲れをここで癒しており、観海寺温泉と併せて立石の湯と呼ばれていました。

昔から治癒能力に優れた温泉と名は高く、各界著名人もここで湯治休養をとっています。

江戸時代から数軒の宿があり、江戸時代から明治にかけては別府温泉の中では一番繁栄したと聞いています。

昭和に入り、道路環境も変わり往来が少なくなった背景から、繁栄する鉄輪温泉とは違い時代の流れにひっそりとたたずんでいる、情緒あふれる温泉です。

現在は市営の「堀田温泉」が有名で、入泉料も210円で、非常にリーズナブルです。

内湯、露天もあり誰もが気軽に入浴できます。休憩施設も広く、別府の景色が一望できますよ。

ここも日帰り立ち寄り湯としてオススメできる温泉ですね。

有名な竹瓦温泉を有する別府温泉

竹瓦温泉入り口

別府温泉と言うと別府市全体を表すことにもなりますが、別府八湯の中で一番中心街にある温泉の地域を指しますね。

別府駅から国道10号線付近の温泉街を総称して別府温泉としています。

ここには有名な「竹瓦温泉」があり別府温泉のシンボル的な存在にもなっていますが、駅からも近く、ゆっくり歩いても10分以内で到着することができます。

別府の中でも超古い温泉施設ですからね、シャワーなどは一切ありませんよ。

もちろん露天もなし、ゆっくり湯につかって温泉を楽しむ、それに徹した施設ですね。

でもね、安いですよ、今現在でも確か110円で入れるはずです。

営業時間も長く朝6時30分から夜の10時までは入浴できますので、別府温泉の元祖と言われる湯を楽しみたい方は一度訪ねてくださいね。
竹瓦温泉浴室

湯の花で有名な明礬温泉

明礬温泉岡本屋、ザボン湯

明礬温泉は別府の中でもけっこう人気が高い温泉のひとつですよ。

タイトルでも書いている通り「湯の花」で有名になり昔は「明ばん」の採取地で質量とも全国一になり、採取事業の隆盛とともに鉄輪温泉同様、湯治場として発展してきました。

何といっても人気がある温泉は岡本屋の「サボン湯」ですね。

私もこの岡本屋には宿泊させていただきましたが、露天風呂の中にデカいザボンがいくつもポカポカと浮かんでいます。

ただね、この露天風呂、混浴なんですよね。先に女性が入っているとなかなか露天にいく勇気が出ません。

勇気のある方はぜひ一度このザボン湯に浸かってみてはいかがでしょうか。^^

さて、岡本屋と言えば、「地獄蒸しプリン」、有名ですよね。週末はこれを食べに多くの観光客が集まります。

駐車場は約20台ぐらいしか止められないので、時間待ちは必至ですね。

このプリン、もちろん硫黄のにおいはまったくしません。なめらかでおいしいですよ。一度ご賞味くださいね。

この明礬温泉を過ぎて道路を上り詰めていくと、絶景と夜景で有名な「十文字原展望台」がありますよ。

ミョウバン温泉の地獄蒸しプリン

オススメの立ち寄り湯

別府温泉の日帰り立ち寄り湯だけでも旅館ホテルを合わせると100を超えるといわれています。

どこがいい、といわれると数が多すぎて難しいのですが、私が学生時代からよく通っていた温泉施設があります。

ここは家族で行くにはピッタシですね。駐車場も広いし、施設内の設備を整っていてオススメですよ。

鉄輪温泉の「ひょうたん温泉」

ひょうたん温泉、滝風呂

最後に自前ですが、別府観光にきて立ち寄り湯に迷っているのなら、ひとつオススメの温泉を紹介してみますね。

鉄輪温泉のはずれにある「ひょうたん温泉」というところです。

ここも古くからあり、なんといっても瀧湯が有名です。

お値段も手ごろで、湯場も広く、もちろん露天もあります。

家族湯も数多くあり、食事処も完備していて半日ゆっくり過ごせる温泉施設ですよ。

日帰り立ち寄り湯は数多くありますが、どこに行っていいか迷ってしまうことがあると思います。

ひょうたん温泉、露天風呂

この「ひょうたん温泉」は万人うけする温泉です。家族風呂も志向をこらして多くあり、内湯・露天風呂も広く余裕があります。

ひょうたん温泉入り口

場内では休憩場所も広く、食事もできます。

温泉たまごや地獄蒸しも楽しめて、別府というすべての要素が集合した立ち寄り湯です。家族やカップルにもオススメです。是非一度、寄られてくださいね。

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別府温泉、地獄めぐりのオススメと別府八湯のまとめ

近頃では「源泉かけ流し」という言葉をよく耳にします。

このブログでも書いていますが、私が学生の頃、この別府の地で4年間過ごしています。

その頃から別府は源泉かけ流し状態でした。というか垂れ流しといった方がいいかもしれませんね。

街の中に幾つも共同湯があり、1ヶ月500円払えば24時間いつでも入浴できました。

また、各ホテル、旅館でも100円~300円払えば24時間いつでも入浴できました。

この当時の由布院は小さな湯治場と企業の保養所があったのみで、今の湯布院の姿とはまったく違っていました。露天風呂もいくつもあり、すべて無料で入浴できていました。

時代の流れの中で、今ではいろいろな規制が入っていますが、あの頃の良き時代みたいに、誰もが24時間いつでも自由に入れる温泉が欲しいものです。

※別府観光、絶景スポット、グルメ情報も公開しています。

さて、「湯の都」と呼ばれている別府市、温泉施設はすばらしいものがありますが温泉だけではありません。

市内や周辺地域には鶴見岳や十文字原展望台に代表される絶景ポイント、うみたまごや高崎山、恋人の聖地として人気の田ノ浦アイルや別府湾サービスエリア、自然を満喫できる志高湖や城島高原と数えれば切りがありません。

自家用車はもちろんのこと、定期バス、タクシーなどを使って自由に遊ぶことができます。よかったら一度「湯の街別府」を探索してみてはいかがでしょう。

最後に2020年6月に作られた別府市の観光PR動画を載せておきます。

コロナウイルスの影響で、観光業界が壊滅的な窮地に追い込まれ、日本のみならず世界的に旅客観光事業の不況が続く中、この窮地をなんとか乗り越えようと、別府市が世界に向けて発信した動画です。

動画はフルバージョンとショートバージョンの2種類、今までの観光PR動画とは違い、映画的要素を持った仕上がりになっています。

タイトルは「THE ONSEN JOURNEY」、ぜひ一度見てくださいね。

With the impact of the coronavirus, the tourism industry was forced into a catastrophic predicament, and while the recession of passenger tourism business continued not only in Japan but also in the world, Beppu City announced to the world to try to overcome this predicament. This is a video.

There are two types of videos, full version and short version, unlike the tourism PR videos so far, it has a movie-like finish.

The title is “THE ONSEN JOURNEY”, so please take a look.

 

フルバージョン(Full version)

ショートバージョン(short version)

今日は最後までお読みいただきありがとうございました。

[Beppu Onsen] Historical background in hell
Thank you for reading to the end today.

※ブログ内の記事はこちらからどうぞ。

ワカマツblog
 
ワカマツblog
https://sora2018.com/2378/
 The sound of travel and history

 

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