【古事記】と【日本書紀】、どこがちがう!?

日本の歴史

日本の歴史を語るうえで必ず引き合いに出されるのが「古事記」と「日本書紀」ですね。

日本最古の歴史書になるわけですが、古代日本の創世神話をみるにはこれしかありません。

もちろん、歴史的価値や史料としての重要性は第一級で、ある意味すべてがここから始まるといっても過言ではないでしょう。

今回はこの二つの歴史書がどのようにして生まれたのか、また、どこがどうゆう風に違うのかを、簡単ですが記していきますね。

また、あまり難しいことを書いても長くなるので、まとめて概要的に記していきます。

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古事記、日本書紀の編纂経緯

『古事記』の成立は序文によると元明天皇の和銅5年(712)正月28日ですね。

この序文は太朝臣安万侶(おおのあそみやすまろ)が書いたもので、天武天皇が家々に伝えている『帝紀』と『旧辞』にいろいろな誤りがあって、本来の姿が失われているので、偽りを削り、正しいものを定めて後世に伝えたいと思い、「稗田阿礼(ひえだのあれい)」に誦習を命じました。

それを元明天皇は和銅4年9月18日に太朝臣安万侶に命じて筆録させたということです。

『日本書紀』の成立は元正天皇の養老4年(720)5月21日ですね。序文がないので編纂の由来が明らかではありません。

「弘仁私記序」には、天武天皇の皇子舎人親王(とねり)と太朝臣安万侶が勅命によって撰修したとみえます。

『続日本記』養老4年5月21日条にも、これよりさき、舎人親王が勅を奉じて、『日本記』を修め、完成したので奏上したとあります。

編纂の経緯については、『日本書紀』天武天皇10年(681)3月17日条に、川島皇子・忍壁皇子(おさかべ)ら12人に『帝紀』や上古の諸事を記定させ、中臣連大嶋と平群臣子首をして筆録させた、とあるのをもって編修開始とする説があります。

これに対し『続日本記』和銅17年(714)2月10日条に、紀朝臣清人と三宅臣藤麻呂に詔して国史を撰ばせた、とあるのを編修開始とみる説もあります。

さて、『古事記』編纂の材料となったのは、序文によれば「帝皇の日継」(帝紀)と「先代の旧辞」(本辞)です。

「帝皇の日継」は年代記的なもので、皇位継承に関するもので、「先代の旧辞」は説話的なもので神祇・祭祀・政治・伝承・歌謡などに相当するものと思われます。

『古事記』

『古事記』は上・中・下の3巻からなります。上巻は神代の巻で、天地がはじめて開かれたとき、高天原にあらわれたアメノミナカヌシノ神からウガヤフキアエズ命までの物語です。

中巻には神武天皇から応神天皇までの物語が、下巻には仁徳天皇から推古天皇までの物語が記されています。

上巻をウガヤフキアエズ命までとしたのは、国土がどうしてできあがり、皇室の祖先がどうしてこの国に降臨したのか、という神代の物語を、一通りまとめなければならなかっただと思います。

中巻が神武天皇からはじまるのは、この天皇が大和朝廷の第一代の天皇であることを強調したかったのでしょう。また、下巻を仁徳天皇からとしたのは、この天皇が「聖帝」とたたえられた天皇であり、中巻の「天神御子」という天王観から儒教的な聖天子の思想への変化がおきたからではと考えます。

また、下巻が推古天皇で終わっているのは、推古朝は仏教の興隆など思想上の転機が始まろうとする時代であったとする考えがあります。

いずれにしても『古事記』は、国土と統治者の関係が神との関係で結ばれていることが強調されています。

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『日本書紀』

『日本書紀』は本文30巻と系図1巻からなっていましたが、現在伝わるのは本文30巻のみです。巻1・巻2は神代巻で、『古事記』の上巻にあたる内容を含んでいます。巻3以下は『古事記』の中・下巻に当たります。

しかし、『古事記』は推古天皇で終わっているのに対し、舒明天皇・皇極天皇・孝徳天皇・斉明天皇・天智天皇・天武天皇・持統天皇の七天皇の治世を8巻にわたり叙述しています。

各巻の分け方は天皇によって異なりますが、一代の天皇で2巻にわたるものもあれば、1巻で数名の天皇を述べている場合もあります。

『古事記』上巻・中巻のはじめほどの古い時代はけっこう詳しく書かれており、下巻になると内容は簡略化されているような気がしますね。

これに対し、『日本書紀』は時代が下るにつれて繊細になっていくのが分かります。

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「古事記」・「日本書紀」のまとめ

このように、『古事記』に比べ『日本書紀』は材料の扱い方、内容からみても、日本の正統的史書にふさわしい体裁をもっていると思います。
最後に、これは持論でありすべてを確定化した文章ではありません。個々によってはまったく違う見解を示す方もいらっしゃいます。

ただ、『古事記』・『日本書紀』は日本の創世神話の礎であり、また、古代日本の国造りや政(まつりごと)、そして庶民の生活にいたるまで記された第一級の日本史書だということは間違いありません。

今日は最後までお読みいただきありがとうございました。

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